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つぶやき館

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つぶやき館
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  テーマの方向性は特にありません。ただ自分なりに
真面目に書きたいと思います。



1953年 岡山県小田郡矢掛町出身

   地元の公立高校卒業

   広島大学歯学部卒業

   神戸大法学部学卒業 

大阪外国語大(現在の大阪大外国語学部)中退


       

         


 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 



      
 

 

  
     
 
 

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タイトル 日 時
奈良女OGの離反は宝石を失ったようなもの
奈良女OGの離反は宝石を失ったようなもの   確かにFacebookには疲れている。別段、当たり障りのない付き合いならどうでも いいが、やや深みにハマるとストレスは直先、ときにフラストレーションが暴発して しまう。昨年から、延々と書き連ねた「まだ見ぬ妹」、「生き別れの妹」シリーズだが。 はかなく去ってしまった。奈良女子大学卒というのは女性としてみれば単に共学の 高偏差値の大学をでた女性、以上の魅力がある。東京女高師、奈良女高師である。 かぐわしい香りに満ちている。交際も派手じゃない。もう二度とこういう出会はあり得 ないと云う... ...続きを見る

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2018/10/16 10:50
馬込文士村の帝王、尾崎士郎が馬込で味わった不審尋問(職質)の苦渋
馬込文士村の帝王、尾崎士郎が馬込で味わった不審尋問(職質)の苦渋  なるほど、「馬込文士村」のサイトを見たらそこに集結した作家、文士たちの顔ぶれは なかなかすごいう。大田区の文化的事業として馬込文士村は今に至るも各種講演会や 勉強会も開催され、なかなか盛況であるが、では「馬込文士村」という名称自体はいつ 頃からか、となると意外に新しいという。榊山潤の『馬込文士村』が1970年12月に出版 されているが本文にはその名称はなく、出版に際しての題名が『馬込文士村」であった 。染谷孝哉『大田文学地図』は1971年6月出版だが、ここにも『馬込文士村』という名称... ...続きを見る

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2018/10/15 22:04
正岡容(まさおか・いるる)、明治以降より江戸文化を評価した演芸作家
正岡容(まさおか・いるる)、明治以降より江戸文化を評価した演芸作家  正岡容(まさおかいるる)とは一般には極めて知名度の低い人物と言えるが、その 筋では一種の巨人、というと語弊があるにせよ、偉大なる存在感を持ち続けた 演芸作家、寄席芸能評論家、作家であったが、如何せん仏はイメージがつかみにく いと思われる。更に付け加えれば、歌、俳句にも優れていた粋人である。18歳におい て歌集『新堀端』を出して、その翌年は長編小説『影絵は踊る』、文藝春秋に直後に 発表した『黄表紙・江戸再来記』で文壇にも認められた。まだ19歳であった。さらに 続けて短編小説を連発、題... ...続きを見る

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2018/10/15 12:41
加賀淳子(かがあつこ)女流歴小説家はなぜ消えたか
加賀淳子(かがあつこ)女流歴小説家はなぜ消えたか 女性歴小説家は今は数多い気がするが、そのパイオニア的な存在、佐藤春夫の 門弟でもあった加賀淳子(かがあつこ)、1920年、大正9年、東京の生まれ。1954年 『改造』に歴史小説『処世』を発表し、文壇の注目を集めた、まだ本格的な女流歴史 小説家の少ない時代であった。久が原に住んでいた。 ...続きを見る

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2018/10/14 18:45
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、身を捨てても浮かぶ瀬もなし
 空也上人の言葉に発するといわれている「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」その 通念的な解釈はもう知られているが、私は同義の言葉として「死んで生きよ」がある と考える。だが、「身を捨てても浮かぶ瀬もなし」という言葉、どう考えても一般的では ないにせよ、当然、あり得ると思う。この二つ、間逆を述べているようで根本的には 相通じると思える。生死一如である。生きることは即ち、そこに死を必ず含んでいる、 いかに死を忌み嫌おうとも、死を免れることはできない、生の前は何であったか、 無である、無とは死... ...続きを見る

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2018/10/13 23:30
小津映画はつまらない?無理に感心のフリなどしなくていい
小津映画はつまらない?無理に感心のフリなどしなくていい  いつの間にか「神」に祀り上げられた小津安二郎である。・・・・でもちょっと考えて しまう。要は、「小津映画を褒め讃えないと、映画を理解できない輩」と思われてし まう、というくだらない危惧から、世の多くの人が「小津映画へ感心したフリ」の競争 をしているのではないか、という正直な実感である。そりゃ、戦後の、芸術祭参加に 合わせて毎年一本作られた映画、・・・・・うーん、退屈の極みである。だから小津映 画をみて「つまらない」退屈なだけ」と思えばそういえばいいだけである。一番誤った 態度は、全... ...続きを見る

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2018/10/13 11:13
ユーリー・ノルシュテイン(ロシア・アニメ)の俳句、芭蕉、竹斎論
ユーリー・ノルシュテイン(ロシア・アニメ)の俳句、芭蕉、竹斎論   私は十四、五歳ころからロシア語に翻訳された「俳句」に親しんできた。その理由 はよくわからないが俳句が気に入り、今でも俳句の組み立てで、自然やその他の現 象を感応することがある。十四、五世紀の日本文化への傾倒はずっと続いている。 ...続きを見る

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2018/10/12 11:55
改憲の本音としての「緊急事態条項」
 自民党は単独で改憲案を提出するという、内閣も党役員人事も日本会議直系で固める 「改憲シフト」である、日本会議から「もう待てない」という不満も出たのかどうか、何よりも 「日本会議の申し子」である安倍晋三、ファシズムへの情念はとどまるところを知らない、 のであるが、改憲の本音の部分は「緊急事態条項」、国家の強権、国民の自由と権利の 抑圧、・・・・・他の国にも憲法に規定してある、という論法が通用しないのは、安倍内閣に なり、平時においてさえ、官邸のいに沿わないキャスターを次々と降板させると... ...続きを見る

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2018/10/11 20:52
大阪大学は暗い、あの暗さじゃノーベル賞は永久に無理かな
大阪大学は暗い、あの暗さじゃノーベル賞は永久に無理かな      大阪大学、阪大は旧帝大とはいえ、文理そろった総合大学としての旧帝大ではなく 極めてローカル色のつよい、単科大学的性格をもった、戦前は帝国大学であった。戦後 は私立から旧二期校から、多くの単科大学を吸収したり文系学部の新設を行ったりで 学部は増加したが、いかせん場所はばらばら、 ...続きを見る

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2018/10/10 22:02
トヨタの国内シェアを支える国内専用凡庸セダン、アクシオ、プレミオ、クラウン
トヨタの国内シェアを支える国内専用凡庸セダン、アクシオ、プレミオ、クラウン  トヨタという自動車メーカーは世界トップを争うとはいわれるが、最大の特徴 は国内シェアが異常に高いことである。軽自動車は本来別枠にすべきだから、 それを考えると恐るべき国内シェアである。何がそうさせているのか、興味深い 。もちろん近はプリウス、アクアなどに代表されるハイブリッドカーである。だが ハイブリッドだからと単純に考えられないのは、トヨタ式のハイブリッドを導入し たマツダ車は全然売れてないのである。やはりそのメーカーらしい車でないと 売れないのである。 ...続きを見る

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2018/10/10 12:15
田道間守(タヂマモリ)、お菓子の神にいつの間にやらなった男
田道間守(タヂマモリ)、お菓子の神にいつの間にやらなった男   田道間守は「たぢまもり」と読み、日本最古の書物といえる古事記(712年)や 日本書紀(720年)における、天皇物語の登場人物である。なお「田道間守」は日 本書紀の名称であり、『古事記』では「多遅摩毛理」と言い表している。 ...続きを見る

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2018/10/09 22:50
輪島大士、貴乃花親方、奇しくも「父子」が相次いで去った
輪島大士、貴乃花親方、奇しくも「父子」が相次いで去った  此の世には公然の秘密というものがある、分かりきっているが、もし言えば何か 言われそうで、佐々木信也が何気なく軽い気持ちで「(二代目)貴乃花と(三代目) 若乃花は父親が異なる」口に出す出さないだけのことで常識であった。だが、ここ がこの世の本音と建前の乖離というものである。ただあまりに端的な例であるとは いえる。このようなことは有名人や大手メディア、は言えない性質のものであるが。 ...続きを見る

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2018/10/09 15:51
真備町の住民の転出先はどこが多い?地域衰退の現実化
真備町の住民の転出先はどこが多い?地域衰退の現実化  先日の読売新聞の報じる通り、7月初旬の大水害で大多数の住居、建物 が重度の浸水を蒙り、その結果、当初は3000戸が浸水と報じられていたが 、実は5600戸、もはや人口2万を多少超える程度だった真備町の最も主要な 地域、住宅団地が軒並み二階まで浸水し、致命的は打撃を被っていたことが 判明した。新しい住宅団地は東部の高梁川に近い川辺、有井地区に数多く 建設されていたが、まさに川辺、有井などの地区の被害が最も甚大で、中心部 中の中心部、箭田地区も甚大な被害を受けた。すでに7%の住民が転出... ...続きを見る

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2018/10/09 10:31
この人を見よ、大泉黒石(大泉滉の父親)の文学と人間
この人を見よ、大泉黒石(大泉滉の父親)の文学と人間  だいたい普通は大泉黒石なんて知る機会はないに等しかろうが、一度、偶然でも 知ってその作品、その生きざまに触れたらその独自の文学的価値、よかれあしかれ の「魅力」のもしや、虜(とりこ)になるかもしれない。で、その歴史的代表作は何かとい えば1922年、大正11年の「老子」、同じ年に刊行の続編「老子とその子」、1926年の 「人間廃業」は、さて現在でも入手、古書で可能と思われる。いかんせん、一般には あまり紹介もされないので知らない人は全く知らないだろうし、知らない人がはるかに 多そう... ...続きを見る

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2018/10/08 21:05
寂しさと孤独に耐え抜くことが人生の修養
寂しさと孤独に耐え抜くことが人生の修養  とまあ、あまりに当たり前な陳腐な命題でもあるが、これほど人間にとって深刻 な問題も実際ない。生涯、友達、家族に囲まれて生きられる人は幸せには違いない が現実は甘くない。夫婦は遅かれ早かれ、必ず独りになる。妻が残された場合はま だいいが、亭主なら悲惨である。妻は亭主が死ねばそこからが、また自分の人生の 始まりでもある。すべてそうとも言えないにせよ、概ね妥当する。孤独、寂寥問題は 主として男に突きつけられた問題であると思える。 ...続きを見る

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2018/10/07 22:18
立原正秋、−酒豪、精神的二枚目、中世的美意識
立原正秋、−酒豪、精神的二枚目、中世的美意識   作品としては何と言っても「冬の旅」かなぁ、あまり読んでもないが。酒豪にして美食家 、単純な美食家でなく素食家の要素もある文化的な美食家というべき、日本の中世文学 、中世の文化を創作の原点とした、・・・・・・あの立原正秋、さらに剣豪とも。剣豪とはやや 気負った感じがするが、この男らしさ、強さに憧れ、それに徹しようとして我が身を滅ぼし た感は否めない。 ...続きを見る

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2018/10/07 00:03
私小説と私(わたくし)ブログ
私小説と私(わたくし)ブログ  日本の文学では長く今に至るも私小説、あるいは私小説的な作品は大きな 比重を占めている。矮小だと言われようと、現実の生活、自分自身の問題を 徹底的に観察し、掘り下げて文学に昇華させる私小説の魅力は廃れることは ない、・・・・同様にというとおかしくもあるが、ブログでも身辺雑記的な記事が 、文学作品と比較は滑稽でも、極めて多い。・・・・・私のように記事投稿の回数 、累積回数が多いものは当然、身辺にまつわることを書く、それで樹を悪くされ る方もおられるというわけで、まずブログを書くという要... ...続きを見る

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2018/10/06 10:41
何のための改憲?ファシズム回帰という本末転倒
何のための改憲?ファシズム回帰という本末転倒  もう日本会議は改憲を実現させるよう、その目的のために自民党総裁、結果と しての日本国総理に仕立てあげた安倍晋三に「もう待てない、早く改憲を日程 にのせろ」と実際、矢の催促である。というかまあ、厳然たる約束、「お前を総理 に導いたのはすべて改憲のためだ」というわけだが、・・・・・・それでいいのか。 ...続きを見る

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2018/10/05 10:42
曽我部四郎(ホノム義塾・ハワイ移住の伝道師)と徳富蘆花
曽我部四郎(ホノム義塾・ハワイ移住の伝道師)と徳富蘆花   1985年に出版された中野次郎著「ホノム義塾ー曽我部四郎伝」、さらに大正 15年出版された「もう三千弗」(弗とはドル)、曽我部四郎については中野次郎の 伝記を読めばそれで分かるはずだが、わざわざ安くもない古書を買う人はほぼ いないと思われるので。 ...続きを見る

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2018/10/04 10:21
人生はいつでも新しい、いつまでたっても未解決でいい
人生はいつでも新しい、いつまでたっても未解決でいい  この年齢まで生きて、今年12月から高齢者入りだが、別に心境にさほど変化など ない。もちろん年齢相応に徐々に変化はしてきている。だが、基本的に代わるとは 思えない、人生における自分とはいつまでたっても未解決な存在であり、愛を求め る寂しがりやである。老いの孤独は無論、ある。伴侶も失って一人になったら、女性 ならさほどでないが、男性は特にもろいものがある。若い時代も孤独に悩まされる。 ...続きを見る

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2018/10/04 00:19
板垣鷹穂の本質は?視覚文化、機械美学、新即物主義、製本家
板垣鷹穂の本質は?視覚文化、機械美学、新即物主義、製本家  稲垣鷹穂とは日本の文化史上の考えようによれば巨人かもしれないが、その 本質は、単に美術評論家と言って済まされないあまりに広範な広がりを持ってい る。何とも一般的に説明しがたい部分がある。では簡略にWikipediaは述べている、 それはどうなっている? ...続きを見る

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2018/10/03 11:31
「一番美しく」(1944,黒澤明)国策映画を超えた「盲目的な真剣さ」の美
「一番美しく」(1944,黒澤明)国策映画を超えた「盲目的な真剣さ」の美   思うに日米戦争、まあ第二次大戦中、1944年ころ、アメリカでは戦争の気配すら 感じさせない名画、「我が道を往く」、「キュリー夫人」という不朽の名作が制作されて いた。まさに悠々たるヒューマのズム映画であるが、・・・・・日本はと言えば「映画法」 のもと、映画は脚本から何からすべて国家管理、統制に置かれ、国策の推進という 目的に沿う映画しか制作されなかった、・・・・・だから日本はだめ、というよりあまりに アメリカと比べた場合の落差であるまして戦局悪化著しい戦争末期、もうただただ国 の... ...続きを見る

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2018/10/03 00:44
続「山河遥かなり」、その後の展開
続「山河遥かなり」、その後の展開     それにしても現実は苦渋の多いものだ。Facebookを始めて4年になるのも近い。 その中で知り合った友達の数々、でも心を通じあえる方は少ない。その少ない心の 友も徐々に去っていった。アカウント削除もあるし、何かが嫌になってぷいと去って 行った人、更新が途切れてそのままの人、生きているの?と心配になる。さんざん 、ブログの記事にさせて頂いた方は理由も言わず、あれ以来一度も心を開くことも なかった。現実ではFacebookが大きく関係しているかもしれず、義理の姉になるが、 もう... ...続きを見る

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2018/10/02 17:23
続「まだ見ぬ妹」、最終別離 (再アップ部分あり)
続「まだ見ぬ妹」、最終別離 (再アップ部分あり)  本日は「まだ見ぬ妹」、「生き別れの妹」と最終的に、本当に最終的に別離 となった日です。別に、もう別れていたのですが、一縷の希望も消えてしまい ました。この悲しみに比べたら義理の姉夫婦とのトラブルは屁でもありません。 あれ程の才媛が私に妹になってくれたとは、最大限のおもてなしたしたつもり。 でも、もうひとりの方との私のつながりが許せなかったのかもしれません。そこ からなにか決意されるものがあった、とも思われますが本当のところは分かり ません。お元気でお幸せに。 ...続きを見る

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2018/10/02 16:49
結局、車は余裕ある排気量(大排気量)のNA(自然吸気)が一番いいのです
結局、車は余裕ある排気量(大排気量)のNA(自然吸気)が一番いいのです  ここで「いい」というのは、ドライバーの五感にマッチする快適性、ドライバビリティーの 良さ、走行の気持ち良さ?ということになる。カローラスポーツは1.2L新型フィットは1Lの ダウンサイジングターボ、またシビックも図体を考えれば1.5Lターボでダウンサイジングと 見ていい。まあ、ダウンサイジングターボもよくネットで論じられているテーマである。その 燃費をハイブリッドと比較する記事が国内では多い、だが私はあまり燃費の数値にこだわ って議論、判断するのは好きではない。仮設にすらなっていない... ...続きを見る

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2018/10/01 22:05
喜びすぎず悲しすぎず、バランスを取って
喜びすぎず悲しすぎず、バランスを取って  人生を生きるのに、常に配慮すべきは「喜びすぎず悲しみすぎず、常にバランス を取って」、・・・・・・この「喜びすぎず悲しみすぎず」が著名なフレーズであるのかど うか、は分からない。いつだったか、「週刊文春」に長く連載された「家の履歴書」、 家を語ることで自らを語るという、なかなかの好企画、優れた内容、絵がない内容の 「「自伝」が多かったが、そこにあった笑福亭仁鶴さんの「家の履歴書」その語る談話 をまとめたもの。その最後辺りにあった言葉、が ...続きを見る

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2018/10/01 10:45
日本映画学校(戦時下)と映画法
 戦時下のみ存在した「日本映画学校」設立の理由には「映画法」の制定があった。 「映画法」は映画を全て国策の下に管理統制し、戦意高揚の手段としての映画の 奨励というか、強制を意図する悪法であった。「映画法」は1939年、昭和14年に通常 国会に上程され、可決され、その年の4月5日に公布された法律である。イタリアで 1935年、「完全な映画教育」を行うためという動機で設立された「映画実験センター」 CSCを参考にしたといえないこともないが、ドイツ、イタリアの映画国策法を参考として 立案さ... ...続きを見る

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2018/09/30 22:01
義理の兄弟姉妹などとの争いは「骨肉の争い」ではないが
義理の兄弟姉妹などとの争いは「骨肉の争い」ではないが  「骨肉の争い」とはあくまでも、血縁関係の者同士の争い、対立であって、例えば嫁と姑 、小姑などとの争いは「骨肉の争い」とは言わない、まあ常識にしても近縁親族との争いを 「骨肉の争い」という場合ばかりではい、姻戚関係は除外されるということである。が、実は 現実を考えれば骨肉もさることながら、姻戚関係との争いのほうが往々にして深刻化する ことが多いのである。しょせんは血のつながらない者同士であり、根底で親愛の情などな いのであるから。 ...続きを見る

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2018/09/30 11:25
小選挙区制とファシズムと日本の政治風土、与党内の変質、独裁化
小選挙区制とファシズムと日本の政治風土、与党内の変質、独裁化   端的に言って日本のような政治風土、社会精神的風土の国での小選挙区制度 は容易にファシズムを助長することは明白である。戦後長く、中選挙区制度のもと においてさえ、自民党の保守一党独裁は明らかであった。保守合同で二大政党制 は成り立たず、長く亜マルクス主義政党の日本社会党の跛行的二大政党制が続い たに過ぎなかった。その政治風土とは、精神的風土に帰着するが明治における近代 天皇制という政治的創作があまりに深く根強く日本人の精神を支配しているからで あり、これは世界的に見て極めて特異であ... ...続きを見る

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2018/09/29 22:02
源実朝の生きとし生けるものへの慈悲と優しさ
源実朝の生きとし生けるものへの慈悲と優しさ   源実朝は多くの作家、文学評論家により、作品化され、また論評されている 稀有な存在である。その評価は非常に高く、正岡子規は柿本人麻呂以来の最も 優れた歌人と言い切っている。あの時代、雲上人とも言える存在でかくも庶民の ささやかな光景に心を寄せて胸を痛めた人があったとは、・・・・・・である。 ...続きを見る

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2018/09/29 10:30

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