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つぶやき館

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つぶやき館
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  テーマの方向性は特にありません。ただ自分なりに
真面目に書きたいと思います。



1953年 岡山県小田郡矢掛町出身

   地元の公立高校卒業

   広島大学歯学部卒業

   神戸大法学部学卒業 

大阪外国語大(現在の大阪大外国語学部)中退


       

         


 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 



      
 

 

  
     
 
 

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タイトル 日 時
釣りと文学、井伏鱒二、幸田露伴、福田蘭童、ヘミングウェーなどなど。
釣りと文学、井伏鱒二、幸田露伴、福田蘭童、ヘミングウェーなどなど。 この世はやたら釣りの好きな人がいる。基本的に魚が好き、というのでなければ釣りは 出来ないだろう。魚など見るのイヤという私のような人間には無縁であるが、実は文学上 の一つのジャンルを形成しているのが釣りである。釣りが好きでなければ釣り文学、小説 やエッセイも好きにはなりにくいにせよ。現実、釣りにまつわる名作が多い以上は無視は できない。 ...続きを見る

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2018/09/22 11:29
化学的去勢はどこまで有効か?男性全般の生活改善のために
化学的去勢はどこまで有効か?男性全般の生活改善のために   性犯罪者への処置として去勢はある意味、決め手となるが日本で行われるか? と考えたら基本的に情緒的、保守的な国民性からして現実には無いだろうと思われ る。外科的去勢でなく化学的去勢も海外ではかなり例も見られるが、日本ではなにか 導入の気配はない、「男でなくしたら可哀想」と思うのだろうか。日本人の反応は常に ドライさに欠ける。 ...続きを見る

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2018/09/21 17:49
日本会議流改憲のための総理、安倍晋三の総裁三選
日本会議流改憲のための総理、安倍晋三の総裁三選  最近、あまり日本会議につて論じられなくなった。昨年のように、日本会議についての 本が数多く出版されるということもなくなった、あれだけ批判されても日本国民の投票 行動は何ら変化がなかったに等しい。依然として日本会議支配、という政治状況は何の 変化もない。安倍晋三を再び自民党総裁に押し立てたのは日本会議そのものである。 、第二期目の総理になって以後、就任したら即座にNHK経営委員に日本会議の右翼 論客を送り込み、メディア支配、統制の意図を露骨にした。芸能人の利用はまたその政 治手法の特... ...続きを見る

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2018/09/20 19:22
あゝ、まだ見ぬ妹のご臨終
あゝ、まだ見ぬ妹のご臨終  この悲しい題名は、一陣の風のように去った「まだ見ぬ妹」の皮肉な意味での大団円 というべき、ではないが、そういって終わりとしたいのである。無類の親しみと交流の深さ は私の人生でも類を見ないお付き合いだった、が6月初旬、まずは文句ないおもてなし、 4月はやや寒い日で店もよくなかった、・・・でも満足されて帰っていただいた。割と短期間 に二度のおもてなしで、しばらくは休止、としようと考えた。霊的なことうぃう方だけに千葉 にいる30すぎのキリスト教の女性、についてのややこしい話で、当面そっとし... ...続きを見る

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2018/09/20 15:31
ランボーの日本語の訳詩、堀口大學、小林秀雄など
ランボーの日本語の訳詩、堀口大學、小林秀雄など  はっきりいってランボーのフランス語など全然、難しいものじゃない。比較はやや おかしいが、ドイツ語の哲学論文や、まして古代ギリシャ語のアリストテレスなどと (私だって古代ギリシャ語を勉強していた)比べりゃ、字面の簡単なこと、一億分の 一だろうか。だからランボーはあまりに優しい、だがその優しすぎるフランス語の 中に詩的精神をくみ取り、如何にして情緒に満ちた流麗な日本語に換える翻訳 作業はまことに至難である。何よりフランス語に通じるのみならず、日本語、日本 詩歌の達人、真の意味で達人でな... ...続きを見る

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2018/09/19 19:39
「白夜」ドストエフスキー、夢想家の味わう突然の理不尽な別れ
「白夜」ドストエフスキー、夢想家の味わう突然の理不尽な別れ  何が最もドストエフスキーらしい作品かといえば議論はあるが、極北と言うなら 「悪霊」をおいてほかにないだろうか。「悪霊」を愛読した文人は多い。あの北条 民雄も本棚にいつも置き、最愛の愛読書だった、というが。だが初期のドストエフ スキーは人道主義的でまた浪漫的で甘美でもある。それが「地下室の手記」あた りを境にシビアーなドストエフスキーに変貌していく。ちょうど、ヘッセが初期の甘い ヘッセからデミアンあたりで真に探究的なヘッセに変貌したように。 ...続きを見る

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2018/09/18 22:41
腎臓病、死ぬと生きるの分岐点
腎臓病、死ぬと生きるの分岐点  今や国民病と云われると同時に疾患自体への治療法はないに等しく、ただひたすら 人口透析ばかりが拡大している現状がある。血液透析より腹膜透析とはいうが、透析は やらないほうがいいに決まっている。自分の腎臓の機能を間違いなく無にさせることに 変わりはない。透析の弊害については十分今まで書いた。何よりも腎臓病の長期体験者 としての思いを述べたいと思う。基本的に病院に行っていたら今日はないと思う。生活 指導も私から見れば疑問を感じてならない。よの「腎臓病療法」の書物も、あまり得るもの はなく... ...続きを見る

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2018/09/18 10:36
Facebook,最後に残る「友達」
Facebook,最後に残る「友達」  全く昨年来のFacebookにおけるある意味、ドタバタは灰色でずっと経過したような私の 人生にポっと何か、光彩を与えたのは間違いない。なにはさておき、めでたい話ではあっ たと思える。だが一時期は700人に迫った「友達」は大幅に整理した。Facebookは友達とい う者に特権を与えている。増えれば増えるほどセキュリティは悪化する。何千人と友達を 持っている方々はそれだけで、セキュリティ意識は完璧にない方、と申して間違いない。 ...続きを見る

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2018/09/18 00:37
花田清輝と「戦後の会」
花田清輝と「戦後の会」   ある意味、日本の思想上の巨人かもしれない小説家、劇作家、文芸評論家の花田清輝 、なにか小うるさい印象を周囲に与えがちで、例えば埴谷雄高が「花田清輝と会うと体がこ わばって血圧が上がるが、佐々木基一と歩いていると気分までほぐれる」というコメントまで ある。理屈屋である。その経歴は改めて繰り返すゆとりはないが、日本人には意外に少ない 徹底して思想にこだわるという、小難しい人間のタイプかもしれない。作家としてはどう見ても さほど人気はないが、だが『鳥獣戯話』(1960年)「孤猿図」、「狐... ...続きを見る

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2018/09/17 19:04
真備町、3千戸解体の衝撃、転出者増加による衰退の危機
真備町、3千戸解体の衝撃、転出者増加による衰退の危機   このたびの西日本業豪雨による家屋解体は6千戸におよぶというが、そのうち半分 の3千戸が倉敷市の真備町である。人口は2万を多少超える程度、しかも浸水したのは まさに住宅地域、中心地域であり、新規に分譲された多数のまだ新しい住宅、また長く 真備町に住む人による新規の建設による優良住宅、転入してきた人が新規の住宅団地 に建てたまだ新しい家、などが軒並み二階以上、下手すりゃ屋根まで浸水してしまった。 これらは「全損」扱いであり、解体するしかない。まあ建てて新しい住宅がこれでは泣くに 泣け... ...続きを見る

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2018/09/16 19:53
女性と車検
女性と車検  あまり面白いテーマでもないが、車検について思いを巡らせている。車は計画的に パーツを交換しなければいけない、オイル交換なら誰しも思うだろうが、これが経年 的な交換、エンジンマウント、オルタネーターOH、パワステホース交換、補機類ベルト テンショナーの交換、スパークプラグ交換、燃料ホース、フィルター交換ブレーキキャリ パーショックアブソーバー交換、など数知れないパーツを時系列で交換する必要はある 。 ...続きを見る

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2018/09/16 11:14
「悟浄出世」中島敦、・・・・人間を救う思想などない、という悲歎絶望
「悟浄出世」中島敦、・・・・人間を救う思想などない、という悲歎絶望  私は中島敦の「悟浄出世」、ならびに「悟浄歎異抄」を彼の作品の中でとりわけ、愛好 している。基本的には中島敦が小品的な作品が多いが、含蓄に富む。「文字禍」などは その端的な例であろう。別段、中島敦の研究書などもあまり読んでいないので予備知識 はあまりない。ただその作品自体が興味深い、意義があると思うからである。 ...続きを見る

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2018/09/16 00:06
「石狩平野」船山馨って中間小説?
「石狩平野」船山馨って中間小説?  中間小説とは日本独自の文学上の概念であると想う。純文学と大衆文学の、 その中間、ということらしい。中間小説自体への論争もあったようだ。実際、ま るっきり完全な純文学もあまりないだろうし、文学的価値を全然持ちえない、 通俗小説、まあ、数多いが、それを大衆小説と言うなら、また同時に文学的な 香りは持っているはずである。大衆小説とはなにかも、かまびすすしい、かどう か知らないが、論争もあっったとは聞く。あまり肩が凝らずに読めそうな、内容に も富んだ小説、まあ雑だがそういうものかもしれない... ...続きを見る

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2018/09/15 10:41
村山知義とは何か、全体像は、その朝鮮との関わり
村山知義とは何か、全体像は、その朝鮮との関わり  村山知義は、主に大学の研究者たちにある意味恰好のテーマを提供するらしくて 大学の人間たちが書いた村山知義論は掃いて捨てるほどある。圧が、何か全体像は よくわからない。まあ、書かれたものは多すぎるくらいだが。     では全体像は、といって人間は全体像で生きるわけでもないだろう。簡単に括れる 道理はない。割と最近だが、村山知義と朝鮮の関連についての研究も進んでいるよう 。その先駆性は想像を超えているかもしれない。朝鮮との関係、モダンダンスとの関係 、さらに1960年代、村山は小説『... ...続きを見る

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2018/09/14 11:27
ミスター・モトはグレート東郷の弟なのか?
ミスター・モトはグレート東郷の弟なのか?  すっかりプロレスが表舞台からは消えてしまった、テレビ中継がなくなった。あの楽しい プロレスの世界はどこへ消えた、である。なんといっても三菱電機提供、日本テレビのプ ロレス中継はプロレス人気を不動のものとした。金曜日夜8時、ただしディズニーの番組と 隔週交代の放送だった。その後は、・・・・・。その時代,そのプロレス放送が日本テレビで 始まった草創期、グレート東郷がテレビ画面で躍動した。まあ、グレート東郷については 例えば岩波新書で森達也著『悪役レスラーは笑う、卑劣なジャップ、グレ... ...続きを見る

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2018/09/13 21:26
「秋津温泉」(藤原審爾)映画と原作の間、ともに名作
「秋津温泉」(藤原審爾)映画と原作の間、ともに名作  藤原審爾は東京生まれだが幼少を岡山で育ち、その後、上京、しかし結核に、 戦時中は岡山に疎開し、戦後も長く滞在した、・・・・・関係でまさに岡山ゆかりの 作家と言える。同人誌「文学祭」を発行、その中心となった。清冽、清純なロマン ティシズムはこの頃までの生活体験がベースになっている。その一つの結実が 昭和22年、12月に「秋津温泉」を発表、高い評価を得た。中編だがまさにその本 質は清冽なリリシズムである、純愛である。だが有名になったのは松竹による映 画化によるところが大きい。 ...続きを見る

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2018/09/13 09:58
クラッチの偉大な効用、・・・・・暴走、突入の防止
クラッチの偉大な効用、・・・・・暴走、突入の防止  以前は自動車運転免はすべてマニュアル車で試験が行われた。教習所もオートマ 車などなかった。だから「アクセルとクラッチの調和」でまずひとつの難関とも言えた。 それほど難しい話では決してないが。ここで「何でクラッチなどあるのだろう、クラッチなし ならどれほど運転が簡便でいいか」と多くの人は思ったはずである。もちろん機構上、 クラッチにより、動力の断続を行う必要があるから、だがこれをトルコンなどに替えた オートマ、2ペダルだとどうなるだろうか、クラッチ操作がなくなって楽になった、と感じる ... ...続きを見る

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2018/09/12 10:56
だから世の中、面白い、・・・涙はいらない
だから世の中、面白い、・・・涙はいらない   と標題を書いたものの、なにか続かない気がするが、今の気持ちは爽やか。久しぶり である。ものは考えようだ、ということである。クヨクヨすればキリがない。母はどうなる、 あきれるほど長生き、でも本当によくいじめられた。人類史上、あれだけ子供をいじめ、口 汚く罵った、その口から吐き出す汚物のような悪態の総量があれほど巨大な量に達する母 親もいないだろう。病気に苦しんだ、お話にならない両親は限りない恥を与え続けた。家の 商売ときたら、もう被差別部落以下の汚い最低なもの、としか思えず、雇うとい... ...続きを見る

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2018/09/12 07:39
日本語の現代詩の朗読の困難性と意義
日本語の現代詩の朗読の困難性と意義 海外、ま主に西洋であるが古代ギリシャのイリアッドからフランスなどの吟遊詩人まで 詩的文章の朗詠、という音声学的な文学的伝統が確固たるものとして存在している。 日本とて語りの文学の伝統は確かにある、平家物語はもち論、万葉の時代から語りの 要素が強かったが、・・・・・現代の詩となると話は別である。 ...続きを見る

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2018/09/11 22:00
大坂なおみへの大ブーイングの根底にあるのは「反日感情」なのか
大坂なおみへの大ブーイングの根底にあるのは「反日感情」なのか  このたびの2018年全米オープンテニスの決勝、あの異様な光景を見てあまり 語られないことがあると感じた。もしセリーナの相手がヨーロッパ選手であった らどうだったろうか、あのように極端にセリーナに肩入れした、一方的な応援で あっただろうか、・・・・である。多分、そうはなっていはいはずである。ヨーロッパ への親近感はアメリカ人は限りなく深い、身内である、対して、・・・・日本人とハイ チ人とのハーフでアメリカ育ちの在米の、アメリカ国籍を持つ大坂なおみ、であっ ても、そこに反発する気持ちは... ...続きを見る

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2018/09/11 10:17
トーキョー・ジョーの本来の由来、意味
トーキョー・ジョーの本来の由来、意味  トーキョー・ジョーとは多様の流用されて用いられている疑似固有名詞であると いえる。シンガーのブライアン・フェリーや映画、バンコクのリサイクルショップ、 ある意味合、数知れないほど使われている。でも本来の由来、意味はと考えて 検索でもでてこない気がする。日系アメリカ人のプロレスラーにも「トーキョー・ジョー」 というリングネームのものがいたはずだ。その流用されまくるトーキョー・ジョーとは? ...続きを見る

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2018/09/10 18:57
一度の人生、その人生に納得できますか?
一度の人生、その人生に納得できますか?  この年齢につの間にやら、本当に人生は長いとも言えるが、あっけないくらい 短い、還暦なんてあっという間だが、若い時代、・・・・・子供時代、精神時代、また 壮年期前半など若い時代はやたら長く感じられる。それを過ぎたら、あっという間 の高齢期である。・・・・・このような人生を誰もが一度だけ、経験する。人生いろい ろはそのとおりで、その人固有の人生しかあり得ないのである。一般普遍の人生 なんてない。 ...続きを見る

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2018/09/10 11:59
辻井喬(堤清二)が見た富本一枝(尾竹一枝)
辻井喬(堤清二)が見た富本一枝(尾竹一枝)  「青鞜の女」として歴史にその名を留め尾竹一枝(富本一枝)であり、画家であった。 「青鞜」は尾竹一枝なしではあり得なかった、とされる。新進の画家で展覧会に男性名 (尾竹幸吉)で出品、その資金で「番紅花(さふらん)」を相関、陶芸家、富本憲吉と結婚 、そこでの葛藤、憲吉が一枝を同性愛者と罵って第三者にこれを言いふらした言動、 だが不幸とされる一枝の結婚生活も評価は分かれる。夫に棄てられたのか?あるい は逆に夫を棄てたのか?だがここでもテーマは辻井喬(堤清二)が見たやや晩年の 富本一枝であ... ...続きを見る

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2018/09/09 19:16
Facebookに疲れ果てたら、自分が惨めに思えるなら潔くやめるべき
Facebookに疲れ果てたら、自分が惨めに思えるなら潔くやめるべき  私は今、つまらない話だが4年近く続けたFacebookをやめる、今年いっぱいで、やめる 決意をしている。心が病んでまで続ける意味は毛頭ない、疲れ果ててまで続ける意味は どこにもないと悟った。そこにあるのはリア充の自慢、交際自慢、ちょっと有名な人物と 交際、友達であるとか、・・・・・しょせん他人は他人、それらに翻弄されて疲れ果てて滅入 るなら、バカバカしい話である。本来落ち込む必要もないことで落ち込むなど愚の骨頂 であろう。実害は大きい。やめたにしても、この実害は殆どないであろうし。 ... ...続きを見る

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2018/09/09 04:13
チベット民族「こんなものいらない」それは漢民族
チベット民族「こんなものいらない」それは漢民族   わびしく災害に襲われ続けた日本の夏が過ぎようとしている。秋雨前線だろうか。 さて、この世には「こんなものいらない」って数多くある。中国の歴史は近代の帝国 主義からの侵略された歴史を除けばその前も戦後も周辺への大国主義的、さらに は帝国主義的な侵略膨張の歴史である。「自分のものだ」と一度いえば、それが 中国にとっての絶対に譲れない領土となるのだから困った国である。 ...続きを見る

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2018/09/08 12:05
Facebookアプリ「日本語の設定ができません」正しい対処法
Facebookアプリ「日本語の設定ができません」正しい対処法  確かにアンドロイド版だけなのかどうか知らないが、Facebookアプリをインストール したら「申し訳ございませんが日本語の設定ができません」、不平不満は噴出してい いる。かなり前からあるが、相変わらずというべき。ではどう対処すべき?そもそも これだけ問題になっていてなぜゆえに、Facebookがこれを解決できないのか、その 原因は?と考えると霧の中でよく分からない。 ...続きを見る

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2018/09/07 22:45
炎のルポルタージュ作家、上野英信、ー戦争と筑豊、沖縄ル
炎のルポルタージュ作家、上野英信、ー戦争と筑豊、沖縄ル   上野英信とは戦争と筑豊を根底据えた渾身のルポルタージュ作家である。炭鉱が忘れ去ら れると同時に、彼の名前もいつしか、・・・・・だが比較的最近、福岡で「上野英信展」が行われ るようになお福岡県を中心に根強い読者を持つ。・・・・・山口県生まれ、北九州の八幡で育つ、 京大文学部中退後、6年間炭鉱夫を行う。解雇後、絵話などを炭鉱の大衆の中でその生活を 書く手法を確立、サークル村などの文学組織にも参加。『せんぶりせんじが笑った!』(昭和30 年)など著書多数。であるが、・・・・・・ ...続きを見る

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2018/09/07 09:41
別れても無理に忘れようとしなくていい
別れても無理に忘れようとしなくていい  別れると云って、そのまえの交際、また別れ方の態様はそれこそ千差万別である。 でも別れた人を忘れたい、あるいは別れた傷心から回復したい、心を癒やしたいと 思ったらどうすべきか、はまたよく論じられることだがそこに普遍的な一般論はない かもしれない。あるのは、あくあmでそのケース、、ある特定の人との別れであるから 。 ...続きを見る

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2018/09/06 09:38
Facebook、なぜ国内無名女性は世界的女性アーチストより「いいね」が多い?
Facebook、なぜ国内無名女性は世界的女性アーチストより「いいね」が多い?  これもケースバイケースであろうが、私は世界的に有名な欧米の女性アーチスト のFacebookをよく閲覧する。だが、いつも怪訝にさえ思うのは「いいね」の数がそ の知名度からしたら、さほど多くはないのである。まあ、200を超えたらおんのじ? でもFacebookで国内の女性、しかも普通のおばさん、無職でなく何かやっている方 、となるといたって他愛もない内容、まさに小市民的な内容でも「いいね」が500を 大きく超えて1000を超える場合だってある。何がそうさせるのか、別段美人でもない、 ... ...続きを見る

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2018/09/05 19:05
田中小実昌の遅すぎる応召、出征
田中小実昌の遅すぎる応召、出征  あの一言では説明がつかないもう亡くなった作家、エッセイスト、易者の田中小実昌氏 だが、何はさておき、ほとんどどこでも語られない事実として、さて、いつ頃になるだろうか、 昭和30年代のある時期、岡山県の玉島市、現在の倉敷市玉島の旧港付近の団平帳町に 住んでいた、その地の團十郎という居酒屋で毎日飲んでいた、という事実。本人の著書な らどこかに書かれているかもしれないが、それもちょっと。これは余談だけど、どこにも書い てないので。 ...続きを見る

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2018/09/05 07:24

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