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zoom RSS Facebookのムラ社会と「アナタハン島」との共通性,淋しきムラ社会の女王

<<   作成日時 : 2018/05/08 12:29   >>

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学問的にムラ社会(村社会)とは何かと振りかぶれば際限もないが、常識的な
視点でFacebookというものをみれば、SNSの中でも特別なまでのおのおの個人
的なムラ社会を形成し、そこの所属するものを呼び込み、村社会の構成員の
増殖を図る、ムラ社会においてのみスターに成り得るという事実、現実社会では
無名な市井の一人の人間でもそのムラ社会でチヤホヤされるスターになれると
う、ある意味、バカバカしい性格を持つ、特異なSNSである。

  無論、著名人のFacebookも数限りなく多い。だがそこでのその本人の人気、
構成員(友達)からのアプローズ。チヤホヤの度合いはむしろまったく無名人のが
そのムラ社会でスターになっているケースに比べると熱気は低いという興味深い
減少がある。

 端的にいえばFacebookの著しい特徴は個別のムラ社会の形成、そこで多くが
群れて多くのケースで、その本人が女性の場合が圧倒的であるが、その自分の
Facebookの中で、閉鎖されたムラ社会で女王になれる、スターになれる、流入し
た村民、つまり友達、多くは男性からやたらチヤホヤされる、まったくの素人という
より多少、半端でも芸能的活動、さらにサロン的雰囲気を持っていればかなりの
熱狂的なチヤホヤが期待できる。

対世間的、対社会的な活動は乏しいか、あるいは皆無でいて自分のFacebook
を強固なムラ社会と化して、多くの友達を村民として連れ込み、閉鎖されたまさに
ネット上のムラ社会のみ異常な崇拝を受け、挙げ句、親衛隊らしきものまで出来る
、これで満たされぬ心が満たされるのであろうか、・・・・・・淋しきムラ社会の女王と
いうべきかもしれない。

 有名人、著名人のFacebookも多いが、無名人プラスアルファの女性のFacebook
の形成するムラ社会の(もちろん著名人のFacebookはムラ社会ではないが)熱気、
理不尽なまでの崇拝醸成の空気は到底見出せない。無名人のムラ社会だから
こその熱気であり、これが終息することはない。年齢は問わないのである。

  無名であるほど、また無名と同時にある種の特色があればそのFacebookは
恐るべき羨望と嫉妬と崇拝の渦巻くムラ社会となる。逆に、有名人にとっては
Facebookなどあってもなくてもいい、多くはツイッターの流用であり、盛り上がり
に全く欠けるのである。


 そのような例は実際数限りない、世間的な常識では有名人の行きではあり得な
い、別にライブ活動もやっているわけでもないが、有名人でなくてもライブ活動を
行っていればFacebookを通じて参加者を募るという実益は大きい、だがそれもない
、素人に近いケース、さして実益があろうとも思われない、ケースに於いてこそ、
ムラ社会で熱狂的な親衛隊さえ持つスター、女王になっているケースは多い。

 Facebookは麻薬とも云うが、確かに独自に強固なムラ社会、閉ざされたムラ社会
を形成してその中での特異なる人間関係、ファンをつくり得るともいえる。

 結局、ムラ社会を作ってむれてそのなかで楽しんでいるだけ、ともいえてこれを
バカバカしいと感じた人は潔くFacebookはやめて例えばInstagramに去っていく。

 譬えていえばFacebookは「グラマ島野誘惑」か「アナタハン島」みたいなものだ
。アナタハン島では絶海の孤島で、まあ、サイパン近くだが、30名を超える男たち
と一人の女性、その一人の女性を獲得する殺人頻発の闘いが男たちの間で始ま
った。遂には、一人の女性がいるから男たちの生命の危機、だったら一人の女を
殺そうとなって、その寸前、女は逃げ出した。

 この極度のムラ社会こそが実はFacebookである。そのムラ社会で一人の女性
の歓心を買うためのいじましいコメント、ヨイショばかりである。町でそのその女性
を見かけたら歯牙にもかけないくらいの容姿だと思うが、まあ、Facebookという個
別で独自のムラ社会は幻想を駆り立てるのである、そこに群れて楽しむわけであ
が、突き詰めればまったく無意味と思い知らされることになるだろう。

 だがムラ社会をつくり、また他のムラ社会に入り、そこで寂しさを紛らせる、しょせ
ん人間て寂しい存在、もう現実のムラは消えてしまった、残るムラ社会はFacebook
しかない、他のSNSよりその性格は強烈である、抜きん出た存在である理由である


 「淋しき女王」といえば当然、このフレーズがかって児玉隆也氏による「淋しき
越山会の女王」にある意味、ちなんだものであることは事実だ。そのムラ社会で
のみ多くの信奉者を持つFacebookのムラ社会の女王と陰の存在で雑題な権勢
を誇った越山会の女王、佐藤昭さんと、ある意味、共通点があるといえるのでは
ないだろうか。

 田中角栄が初めて政務次官となった27歳の時、知り合って意気投合した同じ
柏崎エリア出身のホステス、佐藤昭、其れは確かに見方によれば類稀なサクセス
すとーりーである。六畳のアパートから都内の超一等地の豪邸に、・・・・・Facebook
のムラ社会の女王はしょせん佐藤昭ほどのいかなる意味でも権勢文字亜力も持ち
えない。しょせんは心寂しき者たちの崇拝によって成り立つムラ社会の女王でしか
ないからである。

   

 「淋しき越山会の女王」からの引用

 最後に読みようによっては、サクセス・ストーリーとも読める、陰の権勢者のめっ
たに見せない一面を書いておかねばなるまい。

 彼女は昔歌った『月見草』の歌が好きだ。

 故郷柏崎の、数少ない旧友に電話をかける。

 「ね、夕霧こめし草山に、の次のどうだっけ?」、旧友は電話口で歌うそうだ。
 「ほのかに咲きぬ黄なる花」

 彼女にはもう一つ好きな歌がある

    アカシヤの雨に打たれて

    このまま死んでしまいたい

   アカシヤの雨に泣いている

   切ない胸はわかるまい


 旧友はそういう一面を知っているだけに、何億という財産と阿諛追従に囲まれた
彼女を決して幸せだと思っていない。巨大な権力と、そこに群がる人種に利用され
るだけ利用されて「昭ちゃんはかわいそうに」と思っている。

  ・・・・・・・・・

 このレポートは、多分にセンチメントすぎる、と私自身は感じているのだが、修辞的
文脈に流されたのは理由がある、・・・・


 という「淋しき越山会の女王」のごくごく一部の抜粋だが、・・・・・

 ムラ社会で群がる人々の阿諛追従!に悦に入る、のかどうかしらないが、それが
果たして幸せなのかどうか、は越山会の女王と共通な点があると思われてならない。



   

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