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つぶやき館

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つぶやき館
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  テーマの方向性は特にありません。ただ自分なりに
真面目に書きたいと思います。



1953年 岡山県小田郡矢掛町出身

   地元の公立高校卒業

   広島大学歯学部卒業

   神戸大法学部学卒業 

大阪外国語大(現在の大阪大外国語学部)中退


       

         


 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 



      
 

 

  
     
 
 

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タイトル 日 時
高村光太郎にみる戦争協力、真珠湾攻撃の日
高村光太郎にみる戦争協力、真珠湾攻撃の日  いうまでもなく詩人、高村光太郎の戦争協力は有名な話である。前半生のあの 知恵子抄のかぐわしさをどこかに吹き飛ばす、きな臭さである。戦前の日本が、 まさしく軍国ファシズムであったからといって、何も全ての文学者が大政翼賛会 に従属しての戦争礼賛、戦意高揚をやったわけではない。一例で地味ながら、 徳田秋声を挙げたらいい。1940年くらいからだったか、日本は自国の戦争を聖戦 と名づけて国会でも聖戦決議案まで上程決議した。で、戦争協力の典型の文学者 が高村光太郎なわけだが、・・・・・。いまさ... ...続きを見る

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2018/07/16 22:02
ヒール・アンド・トウの現在、マニュアル車操作の真髄
ヒール・アンド・トウの現在、マニュアル車操作の真髄  すっかり比率的には少数派になったマニュアル車だが、連日、オートマ車の店舗や 病院へのツッコミの笑えぬ事故を見ると、エンストしない車の危険さを痛感すると同時に マニュアル車の意義を再認識させられる。車をドライバーのメンタリティーで車との対話 を通じて積極的コントロールするという、人間工学的意義は高く評価されるべきだが、世 のメディア、評論家は全くそんなことは無視でひたすらオートマ賛美を行い続けている。 警察もメディアもオートマ事故を「アクセルとブレーキの踏み間違え」という奇妙なフレー ... ...続きを見る

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2018/07/15 21:41
明治創始の田布施王朝と大室寅之祐、熊沢天皇、難波大助
  確かに熊沢天皇をインチキだと一笑に付するなら大室寅之祐の変身になる明治天皇 も一笑に付さねばなるまい。明治天皇がどこからみても京都のお公家さんであり得ないの はあきらかで最初から武人だった。武人以上に戦争屋であり、帝国主義戦争に加わるため の日本からすれば理想の君主であったろう。それが国民にとって幸福なことではあり得なか ったのも紛れもない事実である。ある識者が喝破したように「明治以降は万世一系」は事実 である。田布施王朝であるが、・・・・・。 ...続きを見る

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2018/07/15 19:56
私小説と娼婦文学「抹香町」、ー最後の私小説家「川崎長太郎」
私小説と娼婦文学「抹香町」、ー最後の私小説家「川崎長太郎」  自らの身辺、生活体験をもとにした小説を私小説というなら、日本文学では 大抵の小説家が私小説家と云ってよいほど私小説に満ちている。まったくの 生活から、自らの生活から遊離した世界における小説の創造が日本人に向い ていないのかどうか。絵空事を白々しく思えて仕方がない、という心情もまた むべなるかなという気はする。そこで「最後の私小説家」と呼ばれる川崎長太 郎である。wikiの説明は年譜形式ではなはだ興を削ぐものになっている。 ...続きを見る

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2018/07/13 18:59
真に積極的な健康法を考える、自己と非自己を超えて
真に積極的な健康法を考える、自己と非自己を超えて  私は早い段階で大病をしたおかげというべきか、健康の大切さを日々痛感して 生きたわけである。如何にしたら健康でいられるか、これは人間永遠の願いでは なかろうか。現代は分析的西洋医学の支配でその資格があれば漢方も認めると いうくらいのスタンスであろう、国家的な医療政策は、だが個人個人の健康の追 求はそんなものとは関係はない。 ...続きを見る

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2018/07/12 12:01
皇太子夫妻、矢掛高校、矢掛町訪問は中止、落胆と安堵
皇太子夫妻、矢掛高校、矢掛町訪問は中止、落胆と安堵  このたびの豪雨、大水害の被害の大きさは真備町を中心に岡山県でも甚大で あった。真備町の大水害ばかりが大きく報じられるのはやむを得ないが、実は 矢掛町も大きな被害を被っている。浄水場の浸水もあり、広範囲で断水してもい る。ここでこの岡山県の全体的な大被害を考慮して皇太子夫妻の岡山訪問、そ の際の矢掛町、矢掛高校訪問も中止となった。岡山県にはまた夫妻で来られる 機会があろうかとも思うが、矢掛町、矢掛高校訪問は永遠に潰えたというしかな い。 ...続きを見る

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2018/07/11 10:28
松尾邦之助〈フランス通新聞人、文化人〉ジャン・コクトーと語る
松尾邦之助〈フランス通新聞人、文化人〉ジャン・コクトーと語る  まずは松尾邦之助という人物、東京外語のフランス語科を出ての読売新聞 記者としてのパリ駐在、ナチス占領後はスペインに、戦後帰国、「巴里物語」 なる著作で知られている。単に新聞人を超えた文化人であるが、多くのキャリ アは新聞人で費やされた。今となればやや忘れられた新聞人、文化人という べきだが、いかにも東京外語をらしいメディア系列に入り、業績を上げたという 今にも通じるキャリアではある。戦前、読売新聞のパリ駐在であり、多くの著名 人とのインタビュウを実現している。 ...続きを見る

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2018/07/11 06:39
大室寅之祐はなぜ明治天皇になった「防長における南朝の系譜」を読む
大室寅之祐はなぜ明治天皇になった「防長における南朝の系譜」を読む   「裏切られた三人の天皇」鹿島fはその増補版において郷土史家の松重正 氏の論文を巻末に加えている。明治維新、その後の日本の歴史は、この実は 南朝革命であった、明治天皇がすり替わったという歴史的事実を抜きにして語 ることは出来ないはずである。北朝系とされる孝明天皇の「子供」が明治天皇に なって足利尊氏は逆賊、南朝についた武将、楠正成は皇居近くに銅像まで建っ た。正当なのは南朝、と明治政府それ以降は言い続けた、では、・・・・?となる と説明がつかない、「万世一系」といって南北朝を見ただ... ...続きを見る

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2018/07/09 18:02
発展の真備町(倉敷市)、大水害で一転存亡の危機
発展の真備町(倉敷市)、大水害で一転存亡の危機  こに7月5日以降の豪雨で水害、土砂崩れなどの大きな被害が広範囲に発生 したがとりわけ岡山県倉敷市真備町の小田川の決壊、面積では27%、だがまさ に中心部であり、全戸数の半分が浸水、多くが二階までの親水で壊滅的である。 分譲新築など主要な住宅地域が浸水被害、病院、スーパー、ホームも多くが浸 水した。 ...続きを見る

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2018/07/09 10:52
オウム事件、七個の棺桶、さらに加わる六個の棺桶、時代錯誤の大量死刑執行
オウム事件、七個の棺桶、さらに加わる六個の棺桶、時代錯誤の大量死刑執行   オウム事件は大量の死刑判決を呼び起こした。だから死刑執行は当然、とはいか ない。先進国と日本を思うなら、あまりに異様な同時大量死刑執行である。明治末期 の大逆事件の、そのほとんどは全く無関係な人物まで「天皇制の恐ろしさを知れ」と 言わんばかりの同時大量死刑執行に続くもので、世界を仰天させている。EUは事実 上、死刑制度廃止を加入の条件としているし、ロシアも制度は存続で現実に執行は 停止している。大規模テロだから死刑は当然という意見は強いにせよ、死刑制度廃止 は世界の潮流である。さ... ...続きを見る

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2018/07/08 13:46
俳句同人誌「層雲」の思い出(唐沢柳三など)自由律俳句
俳句同人誌「層雲」の思い出(唐沢柳三など)自由律俳句   まず「層雲」の概説:層雲」(そううん)は、自由律の俳誌。1911年4月、荻原井泉水の経営・編集で創刊[1]。尾崎放哉や種田山頭火を輩出・河東碧梧桐を擁する新傾向俳句の推進誌として出発し、大須賀乙字ら日本派の作家が参加[1]。井泉水は創刊号より「俳壇最近の傾向を論ず」を連載し新傾向俳句を擁護したが、1913年1月号から連載を開始した「昇る日を待つ間」では、俳句は「光の印象」と「力の印象」を「緊張した言葉と強いリズム」でとらえる「印象の詩」であると説き季題揚棄を宣言、無季を推奨しなかった碧梧桐は... ...続きを見る

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2018/07/07 12:08
「つげ義春日記」の妙味
「つげ義春日記」の妙味  あの実存的漫画家、つげ義春氏は日記を書いて出版している。同時進行的 な奥さんの藤原マキ「私の絵日記」(1982年初版、北冬書房)もあるから比べて 読むとおもしろいかもしれない。つげ義春氏が精神神経科に通い始めた。で、 日記を『小説現代』に発表するのが通院開始から三年後、その三年間にそれ以 前の日記の整理、また心の整理もなされたのではないか。 ...続きを見る

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2018/07/05 12:01
明治天皇すり替え、ここから虚構と嘘の日本近代史が始まった
明治天皇すり替え、ここから虚構と嘘の日本近代史が始まった   表題のとおり、明治天皇は決して孝明天皇の子供の睦仁ではあり得ない、それは 田布施の南朝の血を継ぐとされた武士の大室寅之祐である、ことは既に証明されて いるといってなんら過言ではない。少なくとも明治天皇は睦仁では絶対にあり得ない ことは1000%確かである。だが明治新政府は何より軍国主義の国家であり、京都の お公家にその器量がないことも間違いないことであり、明治天皇を演じぬけることが 出来る人物を田布施の大室寅之祐とした。三条実美、岩倉具視、伊藤博文などが関 わっていた。 ...続きを見る

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2018/07/04 23:36
義理の兄弟姉妹との関係、世界で一番大嫌いな人間は妻の姉
義理の兄弟姉妹との関係、世界で一番大嫌いな人間は妻の姉  全く義理の姉妹兄弟との関係は私の場合、かなり腐りきっている。当然、私の 兄弟、また妻の姉妹との関係となるが、今一番、嫌い、未来永劫、世界で一番 大嫌いな人間は妻の姉である、その強情さには呆れる。バレエ学校経営者、バ レエ教師だが、発端は自分の側の非礼なのに一切詫びることもなく、私をその とかくうわさのバレエ学校の「父兄会」の連中とグルになって執拗に行い続けて いる。まあ、たかがバレエ学校と思いがちだが自分たちがご立派なプライドを お持ちであるらしい。今は早くリタイアしてあの義姉には... ...続きを見る

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2018/07/04 10:11
「文鳥」(夏目漱石)漱石の淡彩画的な私小説
「文鳥」(夏目漱石)漱石の淡彩画的な私小説  夏目漱石の短編で、名短編といえるものは何だろうか、候補は少なくないがユニ ークさでいうなら「夢十話」だろう、人間の薄気味悪い深層心理を描いてある意味 、身の毛がよだつ気がしないでもない、それほど価値はある。逆に淡彩画風という べきか、純然たる私小説にしか見えない「文鳥」だが、・・・・・1908年、明治41年6月 13日から21日まで「大阪朝日新聞」にだけ短期連載された. ...続きを見る

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2018/07/03 22:25
日大悪質タックルとサッカー日本代表悪質時間稼ぎとの評価二重基準
日大悪質タックルとサッカー日本代表悪質時間稼ぎとの評価二重基準  ちょっと前までもうテレビなど一日中、NHKまで「日大アメフトの悪質タックル」ばかり を取り上げてまさに一日中、それは誉められた行為でないにせよ、その他の伝えるべ き社会的ニュースをさておいての狂乱の報道ぶりは確かに群集心理の意図的誘導と いう思いはした。「一体、日本人がそれほど正義派なのか」といささか失笑したものだ が、今度は世界的な大ブーイングの日本サッカー代表チームの常軌を逸脱した、バク チ的な悪質逃げ切り戦術である。すでに対抗チームの試合が終了し、こちらが引き分 けの試合を継... ...続きを見る

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2018/07/01 14:46
「不断経」斉藤茂吉(昭和15年)
「不断経」斉藤茂吉(昭和15年)   この「不断経」斉藤茂吉はある古書関連雑誌で紹介されていたので、そこでも 書かれているのだが「不断ならこんな本は誰も絶対に読まないだろう」なわけであ るが、結構,面白い内容も含まれてはいる。アマゾンで購入可能だし、他の古書サ イトでも可能である。 ...続きを見る

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2018/07/01 08:37
「三四郎」(夏目漱石)三四郎、女性と同衾と落語「宮戸川」
「三四郎」(夏目漱石)三四郎、女性と同衾と落語「宮戸川」  夏目漱石の「三四郎」で有名なシーンはあの、・・・・三四郎が広田先生と汽車 の中で隣り合わせた前日、やはり汽車である女性と知り合ってそれが旅館での 同衾?となるという場面。この三四郎が女性と同宿、半分同衾というこの場面 、研究としては興津要『講座 夏目漱石』有斐閣、越智治雄『漱石と文明』砂子 屋書房が先行の論文がある。 ...続きを見る

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2018/06/29 12:20
「本とつきあう法」(中野重治、1975年)を読む
「本とつきあう法」(中野重治、1975年)を読む  「本とつきあう法」といかにも何やらノウハウ物みたいだが、この名称は何かに 窮しての便宜上のものでしかなく、要は文学的な読書の自叙伝、エッセイである。 もちろん中野重治だから内容は重厚で深みがある。端的に恐ろしく内容が豊富で ある。 ...続きを見る

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2018/06/28 12:19
滋養を考える、日本人の食事の歴史、その欠陥
滋養を考える、日本人の食事の歴史、その欠陥  私は長年、腎臓を患っっているが、その経験者から「滋養分のある食べ物を十分 食べないと治らない」と云われたことがある。滋養とはでは何か、端的に言えば戦前 、穀物の食事だっった日本で卵とか牛乳、肉類など豊富なタンパクをもつ、またバラ ンスの取れた食材、容易に当時は手に入りにくかった食材から出た概念だと思える。 ...続きを見る

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2018/06/27 11:08
江戸時代の養生法の素晴らしさと貝原益軒
江戸時代の養生法の素晴らしさと貝原益軒   私は長く、というか15歳で重病にかかり、以来、それを引きずって生きてきた。ある 近所の婆さんが言っていた「健康以外は贅沢じゃ」はたしかに真実であろう、と思う。 医学は発展したというが、熱に近藤理論を持ち出すまでもない、病気を治すのはどこ までも本来人に備わった自然治癒力である。ベンジャミン・フランクリンが「醫者は金を 取り、自然は病を治す」は未来永劫、変わらぬ真実である。近代医学のない江戸時代 の養生法、その中の貝原益軒の養生法は今なお全く古くなってはいない。耳を傾ける べき叡智... ...続きを見る

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2018/06/26 11:42
この世に生まれ得なかった者たち、強制断種、強制不妊、中絶
この世に生まれ得なかった者たち、強制断種、強制不妊、中絶   最近、戦後の優生保護法のもとの矯正不妊手術の横行がやっと問題になっているが 、実際、主導権を以て推進したのは国であり、同等の責任は日本医師会、また精神科を 主体とする医師たち、一切無批判以上に優生政策をけしかけ続けた日本のメディアにも 認められる。・・・・・理由は原因はなんであれ、この世に生まれ得なかったものはあまりに 多い。 ...続きを見る

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2018/06/24 13:43
小樽文学館の小林多喜二デスマスク
小樽文学館の小林多喜二デスマスク   小樽文学館はちょっと変わった、というかアナーキーな雰囲気を漂わせた文学館 、付き合い方にはちょっと注意を要する気がしないでもない。いぜん、一度訪問した ことはある。小樽の文学者といえば小林多喜二、伊藤整、・・・とそれからマイナーにな るが岡田三郎とか。小樽文学館はその二人の巨星を中心にしている、といっていいの かどうか。 ...続きを見る

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2018/06/22 23:24
沖縄戦で戦死したビハリ・ボース(中村屋)の長男
沖縄戦で戦死したビハリ・ボース(中村屋)の長男  新宿中村屋の相馬黒光、その長女の俊子が日本に亡命中のラス・ビハリ・ ボースと結婚したのが1918年、大正7年、仲介は頭山満。イギリスのスパイの 眼をかいくぐるため何度も転居、その中での長男の出産であった。1920年夏 に出産、正秀、8月13日であった。相馬黒光のその孫の追悼集『摩文仁の石』 (1953年)は復員船で帰国した人々の声を「ラジオの前に目を閉じて耳を傾け、 私共はこれを聞くのです」で始まっている。「けれども自分が待つ者は帰ってこ ない。生死のほども不明である。誠に遺家族の... ...続きを見る

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2018/06/21 11:14
皇太子夫妻、来月、矢掛高校訪問、これで廃校は免れた
皇太子夫妻、来月、矢掛高校訪問、これで廃校は免れた   定員の急減で存続さえ危ぶまれた我が矢掛高校(岡山県立)を来月11,12日の 岡山県訪問に際して皇太子夫妻が矢掛高校を訪問されるとか、宮内庁から発表が あった。矢掛本陣もご訪問されるとか。 ...続きを見る

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2018/06/20 22:05
新宿中村屋のカレーは本当にうまいのか?インド式カリー
新宿中村屋のカレーは本当にうまいのか?インド式カリー   うちの老母がよく天満屋の特販でしばしば何やら買い込んでいる。食品 ばかりみたい、わざわざトイレットペーパーも高い値段で、数万円は一度に 買う。その中によく見たら新宿中村屋のレトルトのカレーがある、レトルトだか 他、うまい道理はない。新宿中村屋といえばインド独立の闘士であったビハリ ・ボース、・・・・・またビハリ・ボースかといわれそうで、かって「インド語学科」に 在籍の経験のある私はあのインド国民軍の総帥、チャンドラ・ボースにいたく 興味と関心があり、それと紛らわしい中村屋のボース... ...続きを見る

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2018/06/20 16:40
池田林儀(いけだしげのり)の優生思想
  日本の優生思想は上からの、官僚、日本医師会などによるものとリベラル勢力 の社会改良、社会政策的な観点による優生思想が混ざり合ってその協力によって 長年、形作られた、・・・・・・いたって概括的に云えばそうなる。ここで上からの優生 思想といえば池田林儀(しげのり)がもっとも深い影響を与えたといえないこともない。 その人物評、活動歴を」概観すると, ...続きを見る

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2018/06/20 00:06
森村桂さんのカレーの思い出
森村桂さんのカレーの思い出  2004年に自ら命を絶たれた作家の森村桂さん、いうまでもなく「天国に一番近い 島」が超ベストセラーにしてロングセラー、映画化も二度かな、それほど名を知られ た名声に包まれた彼女がなぜ、と思ったものだが。彼女のカレーについての思い出 を綴った文章、2000年10月の雑誌掲載で全集にも当然未収録と思いますが。 ...続きを見る

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2018/06/19 11:46
デマの功罪、その真の意義
 一口にデマといったら無限大の広がりがありそうだが、今日の北大阪地震では 早速、デマがツイッターで飛び交ったとか、それを非難する意味での報道もあった 。悪乗りというか、おもしろおかしくが嵩じてのデマになるのかどうか、今日は「シマ ウマが脱走」、「京セラドームの屋根が破壊」、嘘と分かってもおもしろいといったら 叱られるだろうか。 ...続きを見る

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2018/06/18 21:17
第二次日米交換船の帰国後の人間模様
第二次日米交換船の帰国後の人間模様   日本と連合国との全面戦争勃発で彼の地に取り残された移民を除く日本人、 逆に日本に取り残された英米を中心とする連合国側の人々を全くの第三者的な 場所において交換し、帰国させるという結局、二回行われた日米交換船。第一次 で帰国した日本人の中に留学生の鶴見俊輔さんがいたのはある意味、有名な話 ではある。ものの本には「1942年6月、卒論『ウィリアム・ジェームスのプラグマティ ズム』が受理され、捕虜交換船に乗って帰国の途につく」とある。 ...続きを見る

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2018/06/17 20:06

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