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zoom RSS 別れは従容として静かに受け入れること

<<   作成日時 : 2018/04/30 21:59   >>

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人生は生まれた瞬間から別れが始まる。別れの中身は多様を極める。ただ人生
は、人は別れから逃れることは出来ない。生まれたものの宿命である。愛するものと
の別れ、子供とさえ別れなければいけないし、伴侶との別れなど日常茶飯事だろう。
恋人の別れ、親しかった親族の仲違い絶縁も別れである。別れてスッキリしたとい場
合もあるが、別れが死ぬほど悲しいということもある。恋人から振られたとか、・・・・・・
別れの態様、その後の心の有り様はまたさまざまだが、基本的に別れは悲しいもので
ある、

 だが別れを憎んでもしかたがない、人生自体に終りが来る、全てとの別れ、最後は
自分との別れである。自分というものを二つに分けて考えるなら、だめな人間だった
自分との別れ、いつも一緒だった自分との別れこそ、・・・・・全てとの別れの中での最
も運命的な別れである。その時期は何も遠い先のことではないのである。死など驚く
ほど速やかに人間に降りかかってくる。

  先立った子供、水子のケースは多いが、生まれ得なかった者だけに別れもさほどに
思わぬ人が多い、というと語弊もあるが、生まれて大切に育てられる子供と、途中で引
きずり出されてゴミ、廃棄部として処分される子供の運命は単に運命では済まされない
隔絶である。だがそれも現実である。

 人はこの世に永遠にいることなど出来ない、地球自体に終焉がいつの日かくるのだ
から、それと比較にならぬ短期日で、ほとんど瞬間で人生も終わりを告げる。自分との
別れは全てとの別れを意味する。認識するものがあって初めて宇宙も森羅万象も存在
する。自分が消えればすべてが消える。
 
  急速に老いて死ぬ人間が全て別れに覆われているといって何の過言でもない。人
生、別れに次ぐ別れである。さして精神的なしょうげきともならぬ別れも多いが、近松秋
江の「別れる妻に送る手紙」、「黒髪」に見られる伴侶、また恋人との別れへのまさしく
未練たらたらの醜悪なものもある。だが恋愛感情にひびく別れは一番、人の心にこたえ
るものかもしれない。

 子度との死別、伴侶との死別、・・・・・この地域のあるケーキ屋さん、60代なかばで
妻をなくした、妻と育てたケーキ屋、分店もある。もう完全に生きるのぞみを失い、妻
の名前を呼びながら毎日、泣きながら酒を飲んで自分も程なく亡くなった。それほどつら
い、愛するものとの別れである。また好きな恋人に振られたときの哀しみ、苦しみほど
耐え難いものはない。

しかし、・・・・・人生の短さを思え、である。この短い人生で人は離散集合、いかに多く
の友に囲まれていようと、人の本質は孤独である。誰も一緒に死んではくれません。
自分との別れも遠くもない、・・・・・だから孤独を悲歎するには及ばない。別れは人の
宿命である、誰の逃れることは出来ない、その別れへの気構えの鍛錬が孤独であると
考えてはどうだろうか。

  別れを恐れてはならない、孤独を歎くことはない。ひとりぼっちを悲しまないこと。それ
は美徳とさえ考えるべき。

 別れを静かに受け入れることが出来るために。

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