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zoom RSS 差別されたくなければ差別するな

<<   作成日時 : 2017/05/05 12:55   >>

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 安倍政権の長期化、半永久的な保守政権と社会全体の右傾化で
ヘイト勢力の鼻息が荒い。もちろん、従来の民族差別団体はもとより
、社会の隅々にまで民族差別、排外主義の風潮が横行している。
ヘイトはもう政治権力のお墨付きをもらっている、というより共闘とい
う意識すら存在していることは否定できない。もともと今回の21世紀に
なっての日本の一気の右傾化はが嫌韓感情による民族差別意識の高
揚、排外主義がネトウヨ層などの自民党熱狂支持となった結果ともいえ
るから、どこから見ても微動だにしない政党では自民の一強、ファッショ
の俳優、安倍晋三政権の長期化がいっそう民族差別の言動、行動への
盤石の保証を与えているといって何の過言でもない、・・・・。

 京都の飲食店で韓国の俳優にヘイト発言が投げつけられた問題、御用
メディアを中心とした「日本絶賛」とはあまりにかけ離れたなんとも情けな
い日本人の差別意識の強さ、下劣さである。京都はさらに在特会の活動
が顕著である。

 差別意識のデパートともいえなくもないほど、日本人の心には数多くの
偏見が巣食っている、民族差別は代表的でも、転入者への差別感情は
日常茶飯事だし、歴史的にはアイヌ差別、沖縄人差別、広い意味での
障害者差別、なんといっても部落差別は日本の重大な汚点であるし、も
う目に入る者はなんでも差別と偏見で見てしまうという日本人の傾向は
、 日本礼賛で隠蔽されるものではあリ得ないだろう。私の方の田舎の
隣町では、元来が全くの閉鎖的な農村地域であったところにもってきて
倉敷市のベッドタウン化したため、新たに転入したひとたちを「団地の人
」として差別する傾向が顕著である。何か泥棒めいた事件があると、す
ぐに「団地の人間がやったんじゃないか」とか。

 日本人は閉鎖された島国にいきつづけたために差別感情が醸成され
続けたとも言える。日本人は意識して差別、偏見の精神構造を是正する
努力を怠らないことが必要なわけだが、現実の社会上司絵は全く相反し
ている。

 戦前、日本の席巻した話題として「排日移民法」がある。最近は何かと
いえば「反日」という言葉が便利なのか濫用されるが、「排日」のほうが
真に日本人への差別意識を表す(今は「反日」は別の意味合いで使われ
るようだが)に適切であろう。排日とはそもそも日本人を人間としてみなして
いないというニュアンスがあるのである。

 もう何度も書いたことだが大正時代、日本では「日米戦わば」という類の
本が数多く出版されたのである。この頃、アメリカの日本人移民を狙い撃
ちにした数多くの排日移民法案が成立したからである。その対米感情の
悪化が後年、日米戦争を招いた要因とも十分言えるのである。それ以前
ドイツのヴィルヘルム二世の黄禍論など、白人国家での黄色人種排斥は
顕著であった。アメリカでも少数民族差別、遅れて入ってきた白人諸民族
への差別、中国人移民差別などこれも差別のデパートの様相を呈してい
た。その中で最も激しかったのが日本人移民排斥であった。

 アメリカでの黄色人種である日本人への差別は徹底していた。自身が
二世である村山有の『アメリカ二世』によれば、

 「私はしばしば、ジャップ、細目のチャンコロ、黄色い犬、という侮辱的な
言葉を投げつけられました。ずうずうしい街のチンピラどもは私たちに石
を投げつけたりしました。こうした思いやりにない残酷な行為は、まだ幼か
った私にとって、刃物でぐさりと胸を刺されるような苦しみと衝撃でした。臆
病で神経質な私には到底耐えられないものでした。私はもうひとりで道を
歩くことさえできなくなりました。私はアメリカ人への憎しみで一杯になり、ま
た日本人に生まれなければ、こんな目に合わずに済んだ、なぜ白人に生ま
れなかったのか、と悲しみで泣きました』

第2次大戦日米戦争勃発で日本人はすべてアメリカ、さらにはカナダで
強制収容所に連行された。ドイツ人、イタリア人は対象ではない。

  
画像


  

 日本が戦後の高度経済成長と繁栄の頂点に立っていた1970年、大阪万
博の頃、実はその翌年、一冊の本が出版された。若槻泰雄の「排日の歴史
」である。

 まえがきでこう書かれている。

 「本のつい最近までアメリカではバスでもトイレでもWHITE, COLOREDと
分離されていることが多かった。戦後、サンフランシスコに住み、有色人種
である日系人の惨めな境遇に驚いたものだ。

 当時の日本は『アメリカ熱』がさかんで、アメリカに行くことは限りない羨
望をもって見られ、永住などはもとより短期滞在もそうであった。だが私は
アメリカを去る時『一万ドルの月給を貰ってもアメリカに住むのはお断りだ
』と言ったものである。

 その後南米にも数年間、住んだ。周知のように南米は人種のるつぼとも
称されて人種的偏見は少ない、と思われがちだが、その実態はアメリカと
何らかわらない有色人種への差別感情で満ちていた・・・・・・」

 基本的なこの人種的偏見は実は現在も変わっていない。ある日本の記者
はブラジルのある都市を歩いていたら、若いカップルから憎悪を持って睨ま
れ、「この黄色い人間ども」と罵倒されたという。最近の話である。

 これほど日本人、黄色人種への人種的偏見は世界中で白人の多い国家
では徹底している。スロバキアのチームに入ったサッカー選手が人種的偏
見に閉口したという話もある。

 他方、日本人、特に現代の日本人は歴史的な経緯も現在も強い白人の
黄色人種、日本人であろうが韓国人であろうが全く同じである、・・・・という
現実を知らないのか目を背けている。島国の中で嫌韓感情の暴発の民族
差別を満喫しているかのようだ。嫌韓感情をベースとする民族差別感情、
異民族排斥感情を支持の向上につなげようとするのは安倍政権も小池
都政も全く同じ穴のムジナである。

 それ日本員の排外主義は外国人の処遇に顕著であるし、外国人に権利
を与えるなという民間ファッショ団体の活動は強まるばかりである。外国人
に権利を与えるな、というのが民間ファッショ団体、日本会議などの主要な
スローガンとなっている。

 日本の国籍法は血統主義でかっては父系血統主義、父が日本人でないと
決して日本国籍は『帰化という手続きを経ない限り)取得できず、近年は父母
血統主義になったが、どちらかが日本人でないと当然には日本国籍は取得
できない。

 この血統主義は、明治憲法などの国家神道原理主義の荒唐無稽でも強烈
な血統主義の考えの徹底であろう。国際的に見ると異端である。

 いくら日本で生まれ真面目に生活し、すべての納税などの義務を果たそうと
「血統」が認められないと、いかなり政治的権利もなく、社会的権利はやっと
1992年に国民年金に加入出来るようになったに過ぎない。納税者を有権者と
みなす西欧的民主主義の原則は全く存在しないのである。かってアパルトヘ
イトの南アと同じ外国人登録証常時携帯はその日本の排外主義の象徴でも
ある。

 日本人は一歩外に出れば黄色人種として差別排斥される存在であるのに
、内部では民族差別を助長する排外主義制度をそのまま温存させているの
である。

 したがって民族差別は日本において国家的方針とも言える。その庇護の下
での差別感情、発言、行動の乱舞でなのである。

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