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zoom RSS 自民党総裁と内閣総理大臣は同じ人間でも別人なのか

<<   作成日時 : 2017/05/12 18:36   >>

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日本会議などの民間右翼団体の後押しで自民党総裁になった安倍
新造、内閣総理大臣であるが、改憲を声高に主張しているのは、日本
会議の意向がその政治基盤である以上、いたって当然である。最近は
改憲論議の加速化を命じている。日本会議などから現実に改憲が遅々
として進んでいないことへの不満表明や突き上げが激しくなっているこ
とがその理由である。

 だが、ここで国会の論戦で奇妙なる答弁が飛び出している。

 改憲運動をやっているは自民党総裁・安倍晋三である。

 この国会で答弁に立つのは内閣総理大臣・安倍晋三である。

 だから改憲について国会で答弁する必要はない。「読売」新聞を
読め

 これは歴史に残る珍答弁である。このような論理と詭弁の極みがまか
り通るなら、一人の人間における責務の概念は消失し、社会の秩序は
崩壊するだろう。

 第二期安倍政権の発足後、改憲について安倍政権と読売は緊密な
協力関係を結ぶことを決定した。それがたとえば元巨人選手への国民
栄誉賞とか東京ドームでの、安倍が「憲法改正の発議三分の二」条項
の改正という姑息なことを先ず考えた。それで「背番号96」のユニホー
ムで登場、というざれごとが生じたのである。

 もしこの論理がまかり通るなら、いかなる理不尽、逃げ口上もまかり
通ってしまうだろう。一人の人間の持つ責任というものがこの世から消
えさ去ってしまうだろう。

 ★この答弁のどこがおかしいのだろうか?

 もし安倍晋三が町内会会長を兼務していたとしよう。町内会会長は
直接、国政とは関係はない。町内会会長としての発言は「内閣総理
大臣」の職務と結びつかない。・・・結びつかないが、もし「韓国人を
この町内から追い出せ」といったらどうだろうか、・・・・・・町内会会長
と内閣総理大臣とは全くなんの関係もない。だが

 町内会会長も内閣総理大臣も兼務であれば「一個の人間」としては
、まさしく融合している。いくら町内会長として発言したといっても、内閣
総理大臣としての責任を免れるわけではない。

 行政府の内閣総理大臣には憲法遵守義務のある公務員の頂点に
存在するわけだから改憲について発議を要請することも改憲運動に
加担することも出来ない。別に内閣総理大臣に限らず公務員には特
に憲法遵守義務がある。

 では日本会議がなぜ「安倍晋三氏を自民党総裁に推す」会などとい
うものを作って、それが功を奏して党員選挙では石破に及ばなかった
安倍晋三が国家議員投票で逆転して自民党総裁となった。

 自民党総裁は自民党が政権与党となれば即、内閣総理大臣となる
党則がある(国会議員全体での投票を経てであるが)。総裁と首相の
分離案というものも一時的には議論されたが、あくまで自民党総裁こ
そが自民党では内閣総理大臣に推される、という党則は変わらない。

 したがって国政上の事案について自民党総裁と内閣総理大臣の
使い分けは許されないはずである。

 肩書を数多く持っていて、その場その場でそれを口実に責任を回避
するというのは最も卑劣な態度である。まして自民党総裁と内閣総理
大臣とはあまりに一体である。

 この使い分けによる責任回避、発言の責任回避が横行すれば、国家
の統治構造自体の崩壊にもつながりかねない。自民党祭総裁としての
発言だからといってそれは国政に関する重大事案であり、日本会議が
求めた内閣総理大臣という政治権力の保持によってこそ遂行できるの
ではないのか。

 内閣総理大臣と自民党総裁はあまりに密接である。行政府の長とい
い最高度の責任からすれば、肩書の使い分けで国政上の重大事案に
就いての発言から逃避する、などということが許される道理はない。

  自民党総裁としての改憲についての発言だから内閣総理大臣とし
て存在する国会では答弁しなくても良い、恐るべき唾棄すべき詭弁と
言うしかないだろう。

 


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