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zoom RSS 記紀の「国家原理化」こそが近代の出発の誤りではなかったのか

<<   作成日時 : 2017/04/09 17:39   >>

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 古事記、日本書紀は明治以降、「聖典」と呼ばれて、いかなる疑問を差し
挟むことさえ許されず、大日本帝国憲法、教育勅語にともなう「国家神道」
の「教典」の整備により、記紀は教育現場での絶対的なテーマと位置づけ
られ、徹底的にその政治的神話の内容は天孫降臨をはじめとして生徒た
ちに叩き込まれた。世界史的にみてもその国の神話が近代になって国家
原理、統治原理、政治原理となった例は他に見出し難い。その意味でいか
に日本の近代化の出発、敗戦にいたるまでの期間が特異なものであった
か、である。

 明治以降から敗戦までの教育を貫いていたのは独自の国家神道であり、
そのもっとも重要な教典が「教育勅語」であっったことは言うまでもない。
日本会議などが「家族主義」をしきりに主張し、自民党憲法草案もそれに
従った「家族重視」の条文を入れているが、基本が全て国家神道原理主義
に基づく以上、国家神道、近代天皇制の天皇の神話的側面、統治支配の
正当性の原理と天皇と臣民の忠孝、イエ段階の親子、祖先崇拝の観念の
一体化が前後に天皇の神話的支配の正当性、中間に儒教的な忠孝、夫婦
愛、親子関係を述べたサンドイッチ構造が「教育勅語」に具現化されている
わけで、明治以降の国家神道原理により教育をその現場で席巻したことも
宜なるかなである。その教育勅語を国家神道原理主義の自民党、日本会
議が復活を目論むのも、新しい動きでもないが、その原理主義を考えれば
ごく当然というわけであろう。

 明治の初期、多くの私擬憲法が作られ、立憲主義に基づく先進的な内容
を誇るものが多かったのに対し、いざ、出来上がった大日本帝国憲法なる
ものは記紀、古事記と日本書紀をその政治支配の正当性の根拠、すなわ
ち国家の統治原理を超えた存在の原理、・・・・・国家原理としていた。

 だが無論、近代憲法を反立憲主義の国家の強権支配のための憲法と
みなす考えの当否と同時に、古代の政治神話を政治支配の正当性の根
拠、更に進んで国家原理とうする時代錯誤の常軌の逸脱が指摘される。

 ★記紀はいかなる近代政治原理も述べてはおらず、いかようにも解釈
が可能なものである。

 大日本帝国憲法は「万世一系の天皇が」と天皇の政治支配の正当性を
古代の神話に基づく家のような記述である。

 天照大神から神武天皇、またそれから続く何代も考古学的にも実在する
道理はない。だが、・・・・・

 記紀は実は「天皇とは万世一系」などという考えをそもそもどこにも明示
などしていない。「万世一系」とは明治の政治家、官僚、学者が考えついた
ものである。


 近代政治原理を述べたものでない以上、その近代政治への適用の解釈
は、いかようにも可能であるし、政治への適用でなく、一般的にもどのような
解釈も可能な代物である。その近代国家への支配の正当性の根拠とみな
しての記紀の国家原理化などは、そもそも不可能で荒唐無稽なものでしか
なく、要は、近代ファシズムの強権国家の異様な現れでしかなかったはずで
ある。


 戦前、建前として国は国家神道は宗教ではない、と言ってはきたが、しか
し、教派神道の一部を異端として弾圧したことは国家神道の宗教性の何よ
りに証拠である。
し、国家神道、すなわち記紀の明治政府による解釈と異なる解釈を行った
宗教団体を異端としててってした弾圧したことは国家神道が宗教であること
の証拠である。

 ★独自の神話解釈をもって血の弾圧を浴びた大本教

 大本教へのあまりといえばあまりの極端な弾圧のその理由は明治政府
以来の国家神道の解釈、記紀の解釈と異なる独自の解釈を大本が行って
いて教義を形成していた、ことによる。

   
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 出口王仁三郎は素盞嗚命への帰神があったと大本関係の本に書かれて
いるとおり、大本は素盞嗚命を重視している。地上界の主宰神は素盞嗚命
であり、天照大神が天上界の主宰神であったのに、地上に下って素盞嗚命
を冥界に追放したことでこの地上界に天照大神の子孫が君臨し続けたこと
こそ地上界の堕落の原因という、・・・・・これは弾圧した警察、検察の主張で
あるが、・・・・・この考えが「皇室に対する大逆思想、不逞不敬」という弾圧の
口実となった。

 かくして裁判の判決前に大本の施設は完全に破壊され尽くし、早々と国は
その大本壊滅、地上からの抹殺という目的を果たした。

 いかに神話が有力な国でも、例えばギリシャにおけるギリシャ神話でもそ
れはあくまで文化領域の問題である。明治以降の近代国家の出発となった
日本のように神話がそのまま、国家権力による解釈による神話がそのまま
国家支配の正当性の根拠、原理となった国は世界に一国たりとも存在しな
い。それはイスラム革命後のイランも含めてである。
 この極端な無分別、不見識が国家神道原理主義となって日本人の精神
に歪みをきたし、戦時下においてはいかなり非道な命令にも歪んだ正当性
の錯覚を与え続け、今日なお、時代錯誤のバックラッシュの運動を顕在化
させる根本的要因となっているのではないか。


1945年4月11日、戦艦ミズーリにゼロ戦が体当たりし、パイロットの遺体
デッキに放り上げられ、銃座の下にはまり込んだ。無意味で非道な命令を
下した上官どものうのうと軍人恩給を享受して口では軍国主義を鼓舞し続
けたのである。統率の外道、どころではない。絶対にあってはならない、
非人道的な作戦を勇猛で忠君愛国で許されると思い込む精神の倒錯を
国家神道原理主義、明治の国家神道原理主義の出発が与えたのである
。総力戦において自らの戦力を減殺しつつの非道な作戦が相手に手痛い
打撃を与えたとしても、それは戦略的意味は持たない。非道を実行した
という踏み外した作戦がどこから来たのか、それこそが問われるべきであ
る。仮に敵に被害を与えようと、総力戦では結果については無意味である
。いまでも「特攻は効果があった」という軍事評論家などは多いが、根本を
見落とした愚論である。

 以下は連続した写真、1945年4月11日

  1945年4月11日、対空戦闘中の戦艦ミズーリ

 
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  戦艦ミズーリのデッキの上のカミカゼ攻撃パイロットの遺体

 
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 同時にデッキ上に機体から外れていた三式13ミリ機銃

 
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 機体から吹き飛んだ20ミリ機関砲が40ミリ対空機銃の銃口に食
いこんでいた

 
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 甲板に散乱する特攻機の機体を調べるミズーリ乗員、足元
に日の丸が見える

 
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 その体当たり直前のゼロ戦、この時点で左主翼がミズーリの舷側
に接触しており、対空砲火乗員は身を隠すというよ唖然として特攻
機を見ている。

 
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 特攻機から界面に散乱したガソリンが引火、燃え上がった

 
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 特攻機突入直後の戦艦ミズーリ

 
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  明治以降のあらゆる狂乱を生み出したものは明治の記紀の国家
原理化、すなわち国家神道原理主義のゆえである。最初から近代化
、の明治の出発が間違っていた。戦前回帰などその原理主義の狂信
の残渣の暴走でしかあるまい。

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