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zoom RSS 1973年(昭和48年)阪神V逸、阪神ファン暴走も当然か

<<   作成日時 : 2017/03/02 16:48   >>

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 この世で何がストレスが溜まって怒りが鬱積するかは、もう1973年、
昭和48年の阪神タイガースのVに勝るものはないだろう。この年、阪神
の監督はあの疫病神でダメ男の金田正泰、だが8連覇達成の巨人軍は
徐々に戦力が低下していた。圧倒的な力は影を潜めていた。しかし、な
おONは健在、周りを固める脇役も確かなものだった。倉敷工業の報徳
学園相手の歴史的逆転負けのときの捕手,槌田も紛れもなく巨人V9に
貢献していた。

 この年、記念碑的なプレーがある。阪神センター池田の落球、最後から
二試合目、中日球場での対中日戦、のらりくらりと投げる星野仙一に阪神
の打棒は冴えない。池田の大飛球の中日センターの井上のナイスキャッ
チされた。池田はこの年の阪神の金田正泰と並ぶ疫病神に転落した。
中日戦の阪神先発は江夏、なんとも精彩を欠く覇気のない投球に終始し
た。この試合中、新幹線で阪神との最終戦に臨む巨人軍の乗るその新幹
線が試合中、映し出された。阪神は中日にリーを許していた。残り二試合
で一試合でも引き分ければ阪神の優勝、絶好のチャンス、でも阪神にその
勢いもやる気も感じられなかった。

 中日の星野仙一は完投勝利、だったが気を抜いて負けてやるわけにも
いかず、そこでスローボールも交えてののらりくらり、それを捉えられない
阪神。試合後、星野は「負けてやるわけにもいかなかった」と憮然たる表
情、翌年中日は巨人のV10を阻止した。

 最終戦、阪神巨人戦、阪神は引き分けでもいい、だが勢いは皆無だった
。最初からうなだれた敗者のような雰囲気、阪神ファンだけがヒートアップ
していた。

 阪神先発は上田二朗、為すすべなく阪神はズルズルと失点を重ね4回
くらいで5−0、勢いからして勝敗は決した。終わってみれば9-0の惨敗。
阪神ファンは試合後、グランドんなだれ込み、巨人軍選手を襲おうとした。
逃げ遅れた王選手は被害にあった。その時の写真、修羅場だった。
習志野高校から掛布雅之が阪神に入団したのは翌年、昭和49年だった。
その後、岡田、バースらの入団で強力断線を築いた阪神は念願の優勝、
日本シリーズ制覇となった。


   
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