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zoom RSS 「ぼっけえ きょうてえ」(岩井志麻子)と津山事件、グロと好色と偏見

<<   作成日時 : 2017/02/26 01:04   >>

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岩井志麻子という岡山県東部の生んだ作家は、さらに活動の舞台は
広がっているが、その類まれな個性とユニークさは岡山県人らしくないと
いうべきか、逆に岡山県人らしいというべきか。まあ、作家としての才能
も一流だが、時代の先取りと言うべきか、好き者の本性があらわすぎる
気がする。ガラが悪い、下品といえば下品でもそれを徹底して自分を追い
詰めている姿は目を見晴らせるものがある。改めて経歴などを読むとなか
なか凄まじくもある。好色一代女の風情、全然美人でなく、可愛くもない
のでタイプじゃないが、ユニークさでは群を抜いている。作品の上だけ
何かいやらしくもエッチなのでなく、根がこういうことがす好きなのでは
と思わせる「好き者」さで満ち満ちている。

実は今の今まで岩井志麻子の作品、また竹内志麻子名義での少女小
説の類は話には聞いていたが読んだこともなかった。以前「映画秘宝」と
いう雑誌に「津山三十人殺し」をテーマとした特集が組まれていて、岩井
志麻子もインタビューかなんか出ていた、随分と率直でエッチな女性だな
と感じたものだ。犯人の都井睦雄が夜這いの常習だったことに関連して、

  志麻子:「東京で結婚のきっかけは半分が合コンなんだそうですが、
岡山県では半分が夜這いなんです」

 志麻子:「だって夜這いは当たり前でしょ、私も東京に来て何か一番、さ
びしかったかといえば夜這いしてくれる人がいないこと。『わしゃもう終わり
かのう』って思いました」

そこで岩井志麻子に、「津山三十人殺し」をテーマとした「夜啼きの森」と
いう、なかなかの佳作があることを知った、・・・・・くらいであった。

ところが「映画秘宝」での対談で、岩井志麻子とはその作品テーマの一
つの鍵となる注目すべき発言をしている。

 志麻子:「岡山県てどこに境があるわけじゃなんですが、県南の人は
県北に行くのがなにか怖い、県北は怖いという気持ちがあるんです」

 これは実に重要な鍵である。

といって「夜啼きの森」は今の今まで読んでいない。

 そこで初めて読んだ「けえ、きょうてい」だるが、・・・・・・

 そこでの一番の印象、もう恥も外聞もない容赦ない表現の内容の汚さ、
下品さ、である。この作品を日本会議の極右女性たちに読ませたいもの
だ。

 設定は岡山の遊郭の女郎が客の男に、身の上話、来し方を徒然なるま
まに話して聞かせる、その内容が最貧相の下卑たもので、きょうてえ「こわ
い」ではなく、その下々の生活様式の下劣を極める生々しさに驚き、呆れ
果てる、というものだろう。

『そいで妾(私)の小まい頃の思い出といえば、間引きしか無いんよ。それ
しか無い。

 赤子を引きずり出す前に、まず糞して出させる。血と糞の匂いが家中に
しみついて、夏はかなわんかったで。まぁ、し糞地獄に堕散る準備と思や
ええんか。

 糞をひったタライの中に、死んだ子も投げ入れる。そりゃもう、無慈悲に
ポイじゃ。死んだ赤子なんぞ、糞や血の塊と同じじゃけん。』

 とまあ、何から何まで惨憺たる表現と内容で綴られているが、いまいち
実感が迫ってこないし、まして怖い、というイメージではなく,一種のざれご
とと思えば納得出来ないこともない。ホラーでなくグロであり、好色さ、下
品な卑猥さ、県北へのある種の偏見に満ちていると言えなくもない。だが
それにしても一事が万事のあまりにえぐい表現はたしかに才能である。

 そこにあふれる岡山弁の洗練の欠如、田舎者じみた粗野さ、ある種の
「重苦しさ」は岡山県人には日常のものでも岡山県人以外では、さて、どの
ように受け取られるだろうか。

 女郎は県北、しかも津山から六里ほど離れているという寒村、といえば
誰しも即座に「津山三十人殺し」の舞台の加茂郡貝尾部落を想起するは
ずである。それはもちろん図星である。

 雑誌「映画秘宝」で岩井志麻子は注目すべき発言をしている。

 志麻子:「岡山県ってどこに境があるわけでもないけど、県南の人は県
北に行くのが怖いんです。県北は怖い、というのは強い感情なんです」

 「ぼっけえ、きょうてえ」のテーマは岡山県の北部の怖さである。もちろん、
岩井志麻子は和気町の生まれである。まあ完全に南部と言える。だから
県北は怖い、・・・・・そのテーマはこの作品に一貫している。この何年か後
に志麻子がか三十人殺しをテーマとした「夜啼きの森」の前奏曲でもあると
いえよう。

 『妾の身の上を聞きたいじゃて?ますますもって、、変わったお方じゃなぁ。
しゃあけどますますええ夢は見られんなるよ。・・・・・・

 妾が生まれたんは、津山の近くじゃ。六里ばかり離れとる村の名前は・・・
言うても知らんじゃろ。
 通り名は強訴谷に日照り村じゃ。皆は百姓じゃが、普通作の年は滅多に
ない。いっつも凶作でな。日雇うでなんとか生きる様じゃ。おなごはほとん
ど他国に奉公に出る。女郎屋に売られるもんはぎょうさんおる。妾のように
近いところじゃのうて、九州とか大阪とかな。

 なんか岡山というのは南の方ばっかし、ええ目におうとる。分限者も多い
。それに・・・・冬も温いんじゃろ。しゃあけど備前の方の者は好かんな。小
賢しゅうて、はぁ、旦那さんは備前の出か。そるあすまんこっちゃ、こらえて
つかあさい。・・・・」

 とまあ、加茂(津山)三十人殺しの取材をやっていた頃だろうから、その影
響は全てにおいて顕著、自分が和気町の出身だから「備前の者は・・」と
書いているのはちょっと笑える。

 ともあれ、少女小説的な作品で売れることがなかった岩井志麻子がこの
あまりにユニークな作品で一躍第6回日本ホラー小説大賞、・・・・・なんとい
うべきか、「きょうてえ」と入って全然怖くない、指輪を盗んで罪をかぶってく
れた同僚の女郎を絞め殺す、間引き、水子の川、とアイテムは並べられて
いてもそこに感じられるのはホラーでなく表現回しのユーモアに近い。

 少なくとも岡山県人が読んでみると、これが岡山弁というべきか、一面そう
でもまた岡山弁とも言いにくい、不自然さは否めない。だが読む岡山県人以
外の人が読者では圧倒的に多いはずだから、ある種の異国情緒、というと
妙だが、地域的な放言のゆりかごに浸ることができるのではないか。東京人
はこれを読んでどう思うか、・・・・・・岡山県人が読みと、もともと岡山には女
郎屋は極めて乏しく、やや設定は苦しいきがしないでもない。現実に女郎が
ここまでくどくど客に言うはずはないのだが、そこは岩井志麻子の才能であ
ろう。

 ともあれ県北への偏見的な見方は十分以上に感じられる。岡山県の県北
といえども東北ではないのだから女郎屋に売られる、は基本的に滅多にな
いはずである。実は牧歌的な色彩が濃い、ただ夜這いの風習はあった。それ
は県南でも散見されたことである。

 結局、グロと好色のストーリーテラーのお話としては誠に面白い。ただ、これ
がホラー小説家と言われたら、ちょっと違うと答えざるを得ない。

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