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zoom RSS エマ・ゴールドマン、思想の母の伊藤野枝への影響

<<   作成日時 : 2018/08/06 18:20   >>

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  あの甘粕事件で陸軍首脳の指令によって憲兵隊に扼殺された伊藤野枝は自分の
娘に「エマ」と名付けた。あの伊藤野枝にあれ程の影響を与えたエマ・ゴールドマンとは
、フェミニストというよりアナーキストと呼ばれているエマ・ゴールドマン、21世紀にもな
って奇妙な後進性を露呈する日本の現実からすれば、今こそエマ・ゴールドマンともい
えるのではないか。反フェミニズムを最大目標とするような右翼団体が跋扈する日本な
ら。

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 リトアニアで1869年に生まれたエマは17歳に時、アメリカに移住し、女工などを労働に
従事するうちに徐々にアナーキズムに目覚め、そこから運動の先頭に立って活動を始
めた。女性解放運動がその中心で産児制限運動を訴え、第一次大戦への参戦にも反
対し、徴兵にも反対した。その立場は常に反権力、個人の自由を守る闘いであった。
1893年にはニューヨークでの暴動の扇動を理由に逮捕、投獄された。さらには1919年に
国外追放となり、1940年、カナダで生涯を閉じるまでアメリカに戻ることは出来なかった。
その人生は苦闘の連続であり。それがますます彼女を不屈の闘士とした。

 伊藤野枝は大杉栄との間に生まれた第三子にエマと名付けた。実は第二子の娘にエ
マと名付けていたが、生まれてすぐ多すぎの妹にさらわれていって幸子と改名されてい
た。第三子がエマを引き継いだのである。伊藤野枝の思想の母であるエマの名をあくま
で実の子に負わせようとした。

 その顛末は大杉栄、伊藤野枝の共著の『二人の革命家』において述べられている。こ
の本で大杉栄はバクニーンについて、伊藤野枝はエマ・ゴールドマンについて書いてい
る。第四子の娘には大杉がルイズと名付けている。フランスのアナーキスト、ルイズ・ミッ
シェrにちなんで付けたもの。

 伊藤野枝はエマ・ゴールドマンの思想に触れ、共鳴し、「婦人解放の悲劇」を翻訳して
『青鞜』に連載している。

 本来の女性解放は、いわゆる男女の差異を十分に認識した上での男女同権であると
して、個人としての自由の追求をその思想の根底においた。どうすれば「人は自分自身
であり得るのか」、「各自の個性をどうすれば維持できるのか」であり、これは伊藤野枝
の思想の基本ともなった。またピポット・アヴェルによるエマの伝記は伊藤野枝をおおい
に感動させ、涙を流しながら読んだという。そのエマの苦難に満ちた半生に伊藤野枝は
自分をダブらせたのであろうか。そうした心の揺れ動きを野枝は「乞食の名誉」で小説風
に書いている。

「乞食の名誉」の中の主人公はもちろん野枝である。親が勝手に決めた結婚を拒否し、
故郷を捨て去り、女学校時代の英語教師だった辻潤のもとに転がり込んでの同棲。長
男、まことが生まれてからの日々が回想されている。それ恋愛騒動で辻潤は学校を退
職、全く働く様子もない夫、貧困は容赦なく襲いかかる、姑の絶え間ない愚痴がとし子
(野枝)を苦しめる。乳飲み子を抱えて思うように働けもせず、本もろくに読めず、家庭に
縛り付けられるとし子、〜氏宅での勉強会の帰り、雪の舞う夜道で子供をおぶって、と
し子は思わず涙をこぼしてしまう。「こうした家庭生活に引き込まれたのは私の責任」と
歎き、「何としてでも自分を活かして生きていきたい」と思う。そこでその一年前に出会っ
たエマ・ゴールドマンを思い出す。

 エマの伝記はこう始まる。

 「伝導はある人の想像するように『商売』ではない。なぜなら何人でも、奴隷の勤勉
をもってはたらき、乞食の名誉を以て死ぬかもしれないような『商売』には従事しない
であろう。かくの如き職業に従事するような人々の動機は、ありふれた商売と違って
いなければならない。誇示よりは深く、利害よりは強くー」

 ますます困難で煩わしくなる生活で・とし子は「生き甲斐のある生き方」にますます
傾斜していく。

 野枝の「乞食の名誉」はエマ・ゴールドマンの伝記からの標題でもあるが、1918年
、大杉栄と暮らし始めて二年目の作品である。野枝は以前、「婦人解放の悲劇」、「
結婚と恋愛」、「少数と多数」など多数の翻訳を行っている。『婦人解放の悲劇』の題
名出一冊にまとめている。野枝にとって最初の出版であった。

 平塚らいてうが励ましの序文を贈り、野枝の自序もある。その自序で翻訳に辻潤
の助けを借りたと書いている、やはり必要な人物だった。だが二人の間の溝は埋め
難く、結局この本が大杉栄との結びつきを果たした。大杉が書評を行い、エールを
送ったのである。やがて野枝は二人の子供を残して大杉のもとに。

 結婚制度を否定し、恋愛と結婚は両極にあると断じたエマ・ゴールドマン、そのエマ
に心底、心酔し、そのとおりに生きた伊藤野枝。

 21世紀にもなっての保守反動が支配の日本、女性をけなして男性社会に迎合して
我が身を出世を図る保守派女性の数々、日本社会はどこまで進歩しただろうか。

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