つぶやき館

アクセスカウンタ

zoom RSS 高校野球で「超高校級」はなぜ消えた、死語となったわけ

<<   作成日時 : 2018/08/05 17:08   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 つまらないこととは思うが、その昔、かなり前だと思う、その時点くらいまでは高校野球の
豪腕、実力派の投手を表す言葉で頻繁に「超高校級」という言葉が頻繁に使われていた。
例えば最後の頃、使われた高校野球の投手はだれくらいだろうか、1968年、昭和43年ころ
、例えば平安高校の池田とか、・・・・三重高校の水谷、もちろんそれ以外に多くの投手が
超高校級と形容された。だがもうこの言葉は使われていない。

 「超高校級」というほどの超豪腕がいなくなった、からでもない。一人で甲子園大会を完封
で飾って優勝に至る、そこまでの投手はたしかにもうほとんど見られないが。例えば最初でた
選抜大会で「戦後最高か」とまで言われた作新学院の江川卓でも超高校級という表現は使わ
れてはいなかったと記憶している。超高校級が使われたのはせいぜ、1970年くらいまでと思え
る。

 1970年ころを境にして急速に「超高校級」という表現、形容は消えていった。・・・なぜか?

 その真の理由はよく分からないが、かって1970年以前、高校生は今の時代と比較してかなり
「おとな」と見られていた。そのもう十分大人の高校生の中でも実力抜群、信じられない豪腕と
いうなら高校を越えるレベル、張替に超えるレベルと言って別に滑稽さもない。十分に大人の
高校生であるレベルすら超えている、すなわち超高校級、やや今より進学率も低かった時代、
「たかが高校」とばかりもいえないものがあった。

 だが、いつか徐々に「超高校級」は使われなくなった、「たかが高校を越えるレベル」といって
超高校級なんて、なにか滑稽、という云うに云われぬ実感があったはずである。

 買って甲子園を沸かしたすごい投手、浪商尾崎、下関商業の池永、豪腕とコントロール、投
珠術派の違いはあるが。そこまででなくてもかなり気軽に「超高校級」は使われていた。ちょっと
実力に秀でていたら、下手すりゃ「超高校級」であり得た時代である。「超高校級」が頻用されて
いた時代は高度成長期の前から高度成長時代である、若い日本、高校生でも高度成長に貢献
し得る労働力に十分なれる、中卒が「金の卵」とまでもてはやされていた時代である。何の学力
、技術もない中学生が、ただ異様な若さと云うだけで、そう考えたら高校生は?いまなら高校
だけでても学力も学識も技術の十分じゃない、さらなる進学が必要、なわけだが当時は高校で
、ある意味、十分達成される何か、信頼さえあった。

 時代は過ぎた、高校なんか当たり前以前、出ない奴はドロップアウト、超高校級という表現
自体が奇妙で気恥ずかしい稚拙な印象を与えてしまい、もう使用は論外という感情である。
完全なる死語である。

 1973年選抜、戦後最高と言われた江川に形容された言葉は「怪物」であった。もはやそこに
は「超高校級」という形容はなかった、時代は過ぎ去っていたのである。

  
画像


 だが「超高校級」の時代の日本、それはまさしく高度経済成長の時代であった。

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
高校野球で「超高校級」はなぜ消えた、死語となったわけ つぶやき館/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる