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zoom RSS 林芙美子におけるタバコ問題と庶民性

<<   作成日時 : 2018/08/08 01:18   >>

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最近、何かとあの偉大なる女流作家、林芙美子のついてあれこれ考えている。林芙美子
は徹底的に読まれ、研究もされている作家なので今さら新たに申し述べることもなさそうだ
が。平林たい子みたいに林芙美子の親友を名乗っても、イズム詮索で芙美子を「弱い性格」
と断じるのはお門違いというもので、そのような建前と無縁な、右であれ、左であれ、気取っ
た思想に拘泥することこそ芙美子が忌み嫌ったことである。何よりも本音の真実の人だった
。だから明るくもあり、暗くもある、単純に明るい人間などいるはずもない。悲惨な中に逞しく
生きるという「放浪記」、文壇のトップ女流作家の地位を得て生活は安定、殺到する依頼の
中、暗い作風に、それもこれも全て真実である。ただ論じつくされて意外に論じられない、わ
けでもないけど、林芙美子の死亡原因である。と言って何ら目新しい指摘でもないが。

 持病として心臓病があったという、女性は概して閉経までは心臓疾患は少ないものである
。循環器軽疾患は男性に比べ少ない、先天的疾患は芙美子にはない。過労だけで狭心症は
また起こるものでもない。

 端的にいって芙美子は超ヘビースモーカーであった。長年の喫煙、多量のスモーキングの
習慣により、芙美子は心臓を悪化させていた。やめない限りどうしようもないが最後までスモ
ーカーであり続けた。本当のニコチン中毒だった。誰よりも庶民派、民衆的だった彼女の一面
であったがこれが命を奪った。さらにいえば芙美子はコーヒーを無類に愛好した、タバコとコ
ーヒーである。嗜好品に耽溺しやすかった、酒は飲んだとな思いにくい。生活は波乱万丈で
もあり、また作家として名を成してからも原稿の仕上げ、のストレスから不規則でもあった。

 こう書けば随分、当たり前だが、フルに生き抜いた、嗜好品を限りなく愛好した芙美子が結
果として早世したのは運命であったと思われる。

 実のところ戦時下では中国、仏印などにも渡ってかなりの肉体的負担となったことは否め
ない。


  芙美子の死は唐突に思えたが、実は長年の喫煙、不規則な生活、過労で相当、痛んで
おり、とくに心臓を悪くしていたために、あるいみ寿命といえた。

 1951年、昭和26年6月27日、『主婦の友』の「私の食べ歩き」取材で銀剤の「いわしや」で
食事、体調が悪かったようであまり手を付けなかった。その打ち上げ、記者への慰労会で
芙美子のおごりで下町の「みやがわ」に。その帰宅後、急激に体調が悪化、心筋梗塞で
翌日、6月28日午前一時に息を引き取った。享年47歳。

  二次会の終了後、その店の玄関前で、これが芙美子の生前最後の写真となった。

 
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 最初述べたように明るくもあり暗くもあった、それはなにより生活の実態に即した真の
庶民派であった彼女の真骨頂であった。その作品群の秀逸さは日本文学史上でも屈指
の質の高さである。そのそこにある、人情味あふれる庶民感覚は誰からも親しまれた。優
しくもあり意地悪でもあった芙美子はまさしく自己を偽らない人間であった。

  文壇の偉大な女流作家となった林芙美子、当然、生活には恵まれた。中村光夫の「林
芙美子論」によれば「晩年には成金趣味と云ってよいようなスノビズムを生活に発揮した


 だがそれも憎めない芙美子の人柄であったろう。養子の泰ちゃんを学習院初等科に入
れたり、高価なルノワールの薔薇の画を購入したり。

 「いいもの見せるからね」と声を弾ませて、カタカタと庭下駄を鳴らして書斎に行った芙
美子が、嬉しくてたまらないような顔で、一枚の油絵を抱えて現れ、「あきこさん。ルノワ
ールよ、ルノワールの薔薇だよ、どうだい、みてごらんよ、・・・・ねぇ、みてごらん」

   
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 一枚の画を目を輝かせて座ったり立ったり、寝そべったりして伺うように上目遣いで見
て、そのルノワールに溺れきっていた。

 ところがその芙美子がやっと自分を取り戻したように低い声で、・・・・

 「放浪記の、林芙美子が、ルノワールを買ったんだよ」と自分に言い聞かせるように、呟
いた。

 あき子とは織田作之助の未亡人、織田昭子である。作之助の死後、芙美子の家に同居
していた。そこに見るのは天真爛漫な芙美子の偽らざる人間性であろう。

 「放浪記」を出発とした芙美子はいわゆる民衆的泥沼から這い上がった作家である。が、
決して民衆を食い物にした作家ではない、常に出発となった放浪記的自己を見つめて、常
に庶民のスタンスに立ち続けた作家であった。「成金趣味自体が民衆的であった」のである


  その庶民性は告別式が終わったのち、近所のおかみさんたちや子どもたちが二百人
あまりも入ってきて芙美子の死をいたんだ、こと。常に庶民とあり続けた芙美子の真骨頂
であろう。告別式に庶民がなあれこむような作家などまず他に見られない。

  
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 さて、死因であるが結局、長年のヘビースモーカーぶりが心臓を痛めつけたことが直接
の要因である。それに過労、コーヒー、不規則な生活が重なった、ということにせよ、あえ
て節制をしようとしなかった芙美子の生活に、また思うままに生きた庶民の姿を見るのは
自然というものであろう。

 笠置シヅ子と

 
 
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