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zoom RSS 日本の保守派のコア思想は結局、デモクラシーの否定

<<   作成日時 : 2018/03/10 13:59   >>

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 21世紀にもなってこれでは困るが、結局、日本会議、それをバックにする安倍政権
、自民党保守派、右翼的野党はヒトラーがいみじくも咆哮した「デモクラシーは諸悪の
根源」という考えと全く変わる点はない。国家緊急権の憲法追加も「自民党草案に沿
た私権制限を盛り込むべき」という細田の主張に明らかなように、本音が、自民党草
案に、全く呆れるほど細かい表現部分まで人権、権利の抑制、制限が徹底している
その時代錯誤が「デモクラシー、民主主義の否定」であることは明らかである。特別
法などで緊急時の対処がすでに細かく定められているのに、「憲法」に加えるとは、
「デモクラシー否定」、・・・・権利の抑制、人権の制限、自由と平等の破壊こそが保守
派の本音であることを如実に示している。

 「伝統回帰」あるいは戦前回帰も本質がデモクラシー否定であることは明らかであ
る。天皇の大権行使は何ら日本の長い歴史でも伝統ではない。神社本庁、神道政治
連盟の主張が戦前回帰、つまり明治以降、神道が近代ファシズムの道具となったそ
の再現を目指しているにすぎず、これでほど「伝統」に反するものはない。神道は長く
仏教と習合しており、神道だけが特別優遇され、事実上の国教化されたのは明治か
ら敗戦までの短い間にすぎない。

 京都の公家勢力は極めて長い間、形骸化した特異な存在でしかなかった。一般
庶民が天皇を意識することはまずなかった、京都近辺ならいざしらず、その天皇を
理由として弾圧されることもありえなかったし、命を奪われることもなかった。全て
明治からである。

 神道政治連盟が言う「日本歴史と国柄を踏まえた新憲法の制定」というなら
憲法の第一条から「天皇」を規定している現行憲法はたしかにおかしいだろ
う。だが明治以降、ファシズムに天皇と神道は悪用され尽くした。

 そこで日本会議、自民党保守派などのコア思想は何であろうか、伝統を隠れ蓑
にしるが、それらが「伝統」出ないことは明らかである、庶民に家族制度など適用
されなかったのが日本の伝統である。家族制度は公家と武士だけである。

 憲法第九条の問題は保守派の本当に言いたいことではない。現実に自衛隊は
存在するのである。憲法で無規定であるゆえに、集団的自衛権などが勝手に暴走
してしまうのである。明確な規定は必要であろう。

 要は、日本会議、保守派の最もコア思想は突き詰めれば「デモクラシー否定」
民主主義の否定である。天皇制も明治憲法も何もかもそのデモクラシー否定の
道具でしかない。

 民主主義を否定し、各種の自由権を制限し、官憲による弾圧を容易とし、報道
の自由もない、ファシズム国家、国家主義の強権国家、近代ファシズムの21世紀
での再現こそが保守派のコア思想である、日本はそれで何も得はない。自由闊達
さが失われた灰色の全体主義国家である。天皇制、伝統などはその手段、装飾で
しかない。

 なんのことはない、日本の保守派とはやや毛色の変わった黄色いナチスと称す
以外にないはずである。まさに無目的である、デモクラシーの否定と圧政国家、
自由と権利の否定されたファシズム国家である。

 ドイツではナチズムは戦後徹底して排除され、刑事罰さえ課される。だが日本は
明治の天皇制を半ば引き継ぎ、ファシズム体制は否定され得なかった。ドイツと日
本のあまりの違いは極端であろう、ドイツの在野のネオナチが日本ではそのまま、
政治権力、支配階層となっている。その体制が長いと「デモクラシー否定」の本音
は当然出てくるはずである。

  

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