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zoom RSS 日本の近代史がなぜ天皇制への生贄の歴史となったのか

<<   作成日時 : 2018/02/27 01:07   >>

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天皇制への生贄?それは近代の始まった明治以降に限った話である。それまでの
日本の長い歴史で「天皇」を理由とした死刑執行など、ほとんどなかった。室町時代
にはほぼ完全に形骸化した。端的に言えば天皇の存在は庶民には無関係なものであ
った。土地を支配する領主、地主、台頭した武士こそが庶民の脅威であった。しかし明
治以降は天皇という存在が庶民への直接的な脅威となって降り掛かった。近代諸制度
をもって擬似的一神教、伊勢神宮を本宗とする天皇教(国家神道)が国家原理となった
からである。それは現代の政治的宗教、神政政治、極度の一神教であるイスラム教と
基本的な類似点を有し、またそれを運用する近代国家体制はナチスと共通の基盤を持
つ。古代のあるいは、という生贄ではなく、全国津々浦々、庶民が生贄となりえる脅威に
晒され続けた明治維新から敗戦までの七十数年あまりは日本史で異様な時代には違い
ない。

 明治以降、日本史上初めて「天皇教!」国家となった日本が、その庶民が一般庶民
が建前として天皇制に捧げられた生贄がいかに多かったことか、近代官僚制度、警察
制度、軍国化の中で日本の庶民は歴史上、最も苛酷な運命に瀕した、だがその明治
以降の政治的一神教の全体主義的圧政への回帰を目指す勢力は多い、多すぎる。

近代的諸制度をもって、明治政府による擬似的一神教の国家原理化、すべての神社
を伊勢神宮と本宗とする、・・・・・・オオクニヌシノミコトの出雲大社がなぜ天照大神の
伊勢神宮を本宗?無茶である、多神教、自在な敬虔な多神教の神道が一神教化されて
近代ファシズムに取り込まれたのである。

 このような疑似一神教を絶対化し、それを「天皇制」として国家原理とした誤った道へ
の根源的反省はいまなお全体としては微塵も見られず、庶民にとって、いかなる脅威
でもあり得なかった天皇が命さえ奪いかねない鋭利な脅威として降り掛かった、日本の
歴史上初めてであり、それは近代軍国主義をともなって外征国家となり、逃げさえすれ
よく、農民は戦に関わることもなかった伝統は打ち破られた。

  戦はなくなろうと頻発する武士による辻斬り、厳しい身分制度の江戸時代も理想と
は到底いいがたくとも、明治以降の疑似一神教の天皇制が国教化され、国家原理と
なり、弾圧の最大の口実となって生活を監視し、戦争に駆り出される庶民の苦しみと
比較すればまだしも楽であったことは確かだ。

伊勢神宮を絶対的唯一の本宗とすべく強権で全国の神社、更には祠まで再編成
し、疑似一神教、・・・・・血、現実の人間の血のつながりを一神教の最大の要素とし
、実際に生きている天皇が「現人神」という古代でも見出し難い倒錯した考えが堂々
と近代国家原理とされたことは、政治運動、思想弾圧に即座に転化し、近代警察制
度がフル活用された。特高の創設は天皇制へ生贄を急増させた。

 疑似一神教国家原理に反抗する者は容赦なく「大逆罪」が適用された。数々の
治安立法による弾圧は生贄を急増させた。

その生贄の姿はあまりに傷ましい、特高に虐殺されたもの、大逆罪を被せられて
絞首刑になったもの、・・・・・・・これほど尊い生命を奪った「近代天皇制」とはそもそも
なんであろうか?それまで、明治以前に、天皇の名のもとで人命がこれほど奪われた
時代があったであろうか?


   
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