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zoom RSS 「まだ見ぬ妹」その後、・・・・・・暴発を乗り越えて

<<   作成日時 : 2018/02/15 22:08   >>

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  何回か書いた「まだ見ぬ妹」、・・・・・知り合ったきっかけはFacebookである。彼女は
既婚である。でも私は「兄」だから別に支障もない。「お兄さんは生後間もなく亡くなった、
両親はそれをいつも悲しんでいた、私もお兄様がずっとほしかった」という心からの言葉
を聞いた時,私にとってあるいは「生き別れの妹」かと運命的なものさえ感じた。

奈良女子大学

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 彼女は岐阜県一の進学校を卒業し、期待に応えて奈良女子大学に進学、・・・だがそこ
からの道がやや特異であった。プロテスタント系のキリスト教宗派に入信、これが人生の
方向性を決めた。そこから茨の道であったかもしれない。運命の人と決めた男性は10歳
から全盲、だが誓いあった仲だったが、「看護師になれ」という神のお告げを耳にして、
3年間の看護師学校に入った。その間、誓いあった男性は,もちろん宗教上のつながりで
あるが、浜松の聖隷看護専門学校在籍中にお見合いでさっさと他の女性と結婚した。そこ
から彼女の「35年も待った」という長い忍耐の人生が始まった。その間は当然、看護師生活
というわけだが、宗教上の信念は変わりようもないにせよ、悩み苦しみも多かったはずで、
その心中は察して余りある。

       浜松での看護師時代、

    
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  それから長い月日が流れた、その男性の妻が乳がんで亡くなった、遂に、というか運命
の男性と、「結婚して下さい」彼女からひれ伏したという。当時浜松の病院勤務で神戸の
男性と遠距離恋愛となったそうだが、ついに結婚式にこぎつけた、・・・・・・

 がこれは彼女についての話である。

 それからほどなく何年か後、となるが私とFacebookで知り合った、別にFacebookで知り合
うなんてありふれた話にようだが、「特別な存在」である。私のFacebookには特別な存在の
女性が二人いる、「山河遥かなり、・・・・・・虎倉と箭田」の彼女と「まだ見ぬ妹」のお二人で
ある。

 でも私自身に彼女との連絡などで苛立ちが募ることも多くて、もう破綻、ということも何度
もあった。彼女は既婚だけど、異次元でのお付き合いである。これほど生まれて気になる
女性も初めて、といってどうなのだろうか。

最近の彼女の手紙から

  『思えば、先生の診察室からのお花が可憐で「いいね」を押したことが始まりでした。
先生のブログを読むようになり、ブログとは芸能人が一言書いて写真を載せるくらいな
ものと思っていましたが、ほぼ論文にちかい内容のものを、内容の濃いものをそして儚い
彷徨う魂への共感が、ひしひしと伝わってその筆力にしかkりファン都なりました・・・、主
人は全盲ですが先生の話を読み聞かせると「悲しいね」ともらしました、「でもこういう分か
てくれる人がいて良かった」・・・・』

  まことにありがたい話である、私も本当に誠心誠意努力する義務を感じてならない。

彼女は昭和58年に奈良女子大を卒業されている。当然、極めて知的な魅力に満ちて
いる。文学部史学科西洋史学、・・・・・その奈良女時代のお写真を一度拝見したいのだが
、・・・・・・。

 まだ見ぬ妹は、・・・・・彷徨う魂の何よりの拠り所となっている。

 

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