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zoom RSS 神社本庁と富岡長子宮司、富岡八幡宮の対立。テロ加担の噂も

<<   作成日時 : 2018/02/15 00:12   >>

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昨年末、江戸を代表する神社の一つであった富岡八幡宮宮司、女性宮司が
斬殺されるという事件が発生した。その根底にあるのは戦前ファシズムの流れを
そのまま戦後も汲んでいる神社本庁の時代錯誤である。内部では不動産売却や
解雇無効裁判などトラブルが頻発する神社本庁、明治以降のファシズムに利用さ
れ、ファシズムと一体化した、神道本来の伝統とは全く無縁な悪しき「伝統」に染ま
る戦後の神社本庁の存在そのものである。

 本来は独自に長い伝統を持つ多神教という特質に立つ神道が、神社が明治以
降は伊勢神宮を全て本宗とする天照大神、天皇教という擬似的な一神教に国家
によって捻じ曲げられ、この疑似一神教のファシズム体制を戦後そのまま維持させ
るために出来たものが神社本庁である。

 さて、惨殺される前の富岡八幡宮宮司、富岡長子宮司は雑誌インタビューにこう
応えている。

 「奇しくも、父の五年祭の9月26日に東京都知事から認証を受け、28日には都知事
から認証書の交付を受けることが出来、清々しい思いでございます」

 富岡八幡宮は神社本庁からの離脱をするための「規則変更認証申請」を東京都
に行い、それが東京都が認めたからである。そもそも天下の富岡八幡宮が神社本
庁からの離脱を決意したのか、である。

 富岡長子宮司のいう「父」は2012年7月に亡くなった富岡興永前宮司(享年84歳)
のことである。死去する2年前、健康上の理由から宮司を退任し、長女である長子
さんを後継宮司に推挙した。これを受けて神社規則にのっとり、人事を決める責任
役員会が開かれ、長子さんを後継宮司とすることを決定した。神社本庁にその任命
を具申した。ところが神社本庁から音沙汰なく、2017年3月、三回目の具申を行った
がやはり同じ。かくして7年も宮司不在で宮司代務者が取り仕切るという異常な状態
が続いていた。

 このような女性を後継宮司とすることに神社本庁が黙殺を行い続けることは宇佐
八幡宮でもあった。これには神社本庁に不信を抱いた天皇陛下が懸念を示された
くらいである。何をやっても黙殺、返答拒否。

 あまりに神社本庁が黙殺を続けるため昨年3月、富岡八幡宮は弁護士名で神社
本庁にその黙殺を続ける理由を問う質問状を送付した。そうしたら一週間ほどして
、「指導神職研修の再研修を」と嫌がらせとしか思えない、何やら要領を得ない「
回答」が届いたという。おまけに過去に提出した具申の文書、地元の嘆願書など一
切を送り返してきたという。

 富岡長子さんは

 「神社本庁は、度重なる責任役員会の具申や、氏子総代、神輿総代、職員全員
による請願書など全て無視し続け、地域に根ざす神社の特異性を考慮せず、氏子
の総意も全く汲もうとしません。祖父と神社本庁との関係は存じておりますが、亡き
祖父の思いも現在の神社本庁とは全く正反対であると言って何ら過言ではございま
せん」

 長子さんの祖父は18代宮司であり、神社本庁の事務総長をつとめた。神社本庁の
主流をになってきた富岡八幡宮だが祖父の時代と、現在の神社本庁はその中身が
正反対であるという。

 常軌を逸脱した非礼な態度に終始する神社本庁に対し、昨年5月29日、富岡八幡
宮は神社本庁との包括関係の解消を決議し、6月からはその方針を知らせる「公告」
を開始し、あわせて神社本庁に「離脱通告」を送付した。その2ヶ月後、東京都に神社
規則変更の認証の届出を行った。

 ★身の毛もよだつ神社本庁の統理、元皇族の「北白川道久」

 北白川道久は神社本庁の「統理」である。宇佐八幡宮の同じく女性後継宮司への
返答拒否を続けた件で天皇陛下の懸念が伝えられると北白川は「天皇は余計なこ
とを行った」と苦々しく吐き捨てた、という人物である。最大の右翼団体「日本会議」
の顧問である。

 で、神社本庁がこのような返答拒否を行い続けるかたちで女性宮司の就任を認め
ようとしない根拠、理由は何なのか。誰が聞いても「返答できません」である。

 「人事権」と『任命権』、宮司は法人の代表役員となる。その人事の決定は神社の
責任役員会である。別に神社本庁に本来、人事権も任命権もない。その神社の氏子
の代表である責任役員会の決めることだ。

 だが神社本庁の「庁規」の第90条で「宮司及び宮司代務者の進退は、代表役員以
外の役員の具申により、統理が行う」

 とある。統理とは神社本庁の役職である。神社本庁の実務を取り仕切るのは日本
会議副会長の石清水八幡宮宮司の田中恒清総長である。全国の神社に「改憲署名
」を置くように命じた人物だ。

 いくら神社本庁が権威を振りかざそうと、あくまで神社独自の代表役員会の決定
を形式的に追認するだけのものである、本質的には。ところが形式的な追認行為を
神社本庁は神社の人事権より上にあると強弁し、気に入らない人事には返答もせず
、そr手によって拒否を示して断念に追い込む戦術を繰り返している。

 富岡八幡宮、宇佐八幡宮、香川県の冠纓神社、全て後継女性宮司を嫌がらせの限
理を尽くして拒否して断念に追い込もうとした。

 富岡長子さんは生前こう述べている。

「当神社は本庁が出来るより遥か以前、320年前よりより地域の人々に支えられてきた
のです。沖縄、広島、長崎についで戦争被害の甚大だったこの地域の富岡八幡宮は
氏子、崇敬者の方々の浄財で再建されたのです。私たちは神社本庁のために神職に
なったわけではございません。これからも地域の皆様のご協力を得ながら、一層親しま
れる富岡八幡宮をめざしてまいります」

 その歴史からして「神社本庁」と個別神社は何の関係もない。

 過去に神社本庁を離脱したのは日光東照宮1985年、石川の気多神社、京都の梨木
神社など、この10年で214に及ぶ。その事実すら神社本庁は認めない。極右団体とか
して本末転倒の名行為を繰り広げる神社本庁は厳しく批判されるべきである


 富岡八幡宮での女性宮司へのテロ行為に何らかの意味で神社本庁が絡んでいると
見る人は少なくない。多額の負担金を納めてきた富岡八幡宮の離脱は危機感を神社
本庁にもたらし、テロ行為を誘発したというものである。

 事件後も日本会議の意向をくんだネトウヨによる富岡長子宮司への中傷が広がっ
ている。流石にファシズムを体現する団体の行為というべきか。

 

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