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zoom RSS 「つげ義春日記」の妙味

<<   作成日時 : 2018/07/05 12:01   >>

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 あの実存的漫画家、つげ義春氏は日記を書いて出版している。同時進行的
な奥さんの藤原マキ「私の絵日記」(1982年初版、北冬書房)もあるから比べて
読むとおもしろいかもしれない。つげ義春氏が精神神経科に通い始めた。で、
日記を『小説現代』に発表するのが通院開始から三年後、その三年間にそれ以
前の日記の整理、また心の整理もなされたのではないか。

 不安神経症、うつを和らげるための行為が「日記」であった。だからそこに記さ
れた内容、事実らしきことが本当に事実であったかは疑問符はつく。

 当時、つげさん宅を訪れた出版社関係の人に藤原マキさんが

 「ひどいよね、私ばかり悪者にしてさ、うそばかり書いてるんだよ、どう思う?」

 つげさんは

 「日記といっても、日常をただ事実的に書いているんじゃ誰も読んでくれません
から。脚色を加えて面白くしないと。実際、文学者の日記でも事実そのままじゃな
いでしょ」

 「それは分かりますけどね、でもウチのこと知らない読者が読んだら事実と受け
とめてしまうんじゃない。私があんなに悪人と思われてしまうのはつらいよ」

 「作家の奥さんなんてみんな悪く書かれているんだよね。そうやって面白くしてい
るんだ。僕が君を悪者なんて思っていないんだからいいじゃない、他人がどう思お
うとね」

 「ウチは小説家みたいに有名じゃないのよ、あなたは自分がいい人に思われるよ
うに書いてるから気にならないでしょうけど。

 「いや、自分をいい人として描いてないよ」

 と延々と「真実論争」が続いたとのこと。

 では比べると

 つげさんの「日記」

 「一月四日   今日まで穏やかな正月だったのに、夕食後コタツで寝そべっていた
ら、それが気に食わないと云って、マキがつっかかってきた。マキは自分が忙しい思
いをしているのに、私がコタツでテレビを観ているのがおもしろくない、と云う。今日は
別に忙しい日ではないのに、突然、腹を立てられて心外だ。・・・・・・あまりつまらぬ
ことで文句を云われ、私も不愉快になり、正介と寝室に行き、服を着たままフテ寝して
しまった」

 同じ日のマキさんの日記

 「一月四日  くもりのち雨

 晩ごはんのあとはおとうさんとケンカした。おとうさんは服のままふて寝してしま
った。正助の寝顔がかわいい」

 「つげ義春日記」は講談社、初版は1983年、「私の絵日記」藤原マキ、北冬書房

 夫婦で同時期に日記の出版を行うのは本当に珍しい。

 「つげ義春日記」はもともと、1983年の『小説現代』に八回にわたり、連載された。
その八回分では1975年から1979年までの日記5年分であった。単行本化に際して
は1980年分が追加された。その「あとがき」で

 「しかし作家ばかりではなく、隣近所の人の生活にも私は興味を示す。いや、むし
ろだから近所のことは妻に根掘り葉掘り聞き出そうとする。そして作家だけでなく
、隣近所の人にも年譜や日記があればやはり読んでみたいと思う。・・・・そう思って
日記を発表してみる気になった」

 だがこの出版は世間に大きな驚きを与えた。つげ義春はなにか暗い自閉的な漫画
の作者であり、まさかいくら私小説的な漫画家でも、自らの生活を微細に記述したも
のを発表したことに意外館を覚えたからである。

 だが「あとがき」を真に受けられない部分がある。作家の日記のように公開を前提と
して書かれたものではないのが「つげ義春日記」である。日記でも繰り返し書かれて
いるが、つげ義春氏は精神神経科に通っていた。不安神経症に苛まれ、症状を和ら
げるための日記執筆を医師から勧められたのである。

 さて、藤原マキ「私の絵日記」は文字通り絵日記である。

  
画像


 1982年10月に刊行された。つげ義春の日記刊行とほぼ同時期である。2003
年1月に学研M文庫から『私の絵日記』が刊行されたが、巻末に「妻、マキのこと」
と第されたつげさんの、四年間になくなったマキさんへの思い出が綴られている。
そこでは(私の絵日記)は「つげ義春日記」と同じようなスタイルでマキさんが始め
たと書かれている。

 

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