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zoom RSS 体制維持の道具としての叙勲、・・・1964年、生存者叙勲が始まった

<<   作成日時 : 2018/06/05 00:43   >>

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 長く長く実質的に名目的存在でしかなかった天皇が明治維新以降、突如、国家統治
というより国家原理の超中核となった、大和朝廷による神話の日本書紀、古事記は聖
典とされ、絶対疑いを持ってはならぬドグマと化した。学問的研究すら厳しい監視と弾
圧を受けた。それまで民衆は天皇を知ることはなかった、お伊勢参りも何も「皇祖神」を
崇拝のためではなかった。全ては明治以降の話である。

 で、なぜ明治以降、長く名目的存在でしかなかった天皇が復活したのかといえば、端
的にいえば政府に従わせるための道具としての効用に目をつけたからである。以後は
、近代諸制度、教育制度、祝祭日制度、警察制度などをフル動員して徹底的な教化がな
され、またたくまに日本国民の精神に染み付いた、・・・・・・さて、叙勲制度である。

 別に王室などがなくても国家的な功労者への勲章的なものは世界各国に存在する。だ
が日本における叙勲は近代天皇制の統治利用の一環で有り続けたことである。日本では
1875年、明治8年に初めて国家的な功労者に勲章が与えられた。

 それは旭日章に始まって1890年までに菊花賞、宝冠章、瑞宝章、金鵄勲章の5つが制度
化された。なお近衛文麿の時代、文化勲章なるものが新たに創設された。

 文化勲章以外は故人、外国人のみが対象とされてきたが、1964年、突然、生存者叙勲
が始まった。まあ、世界各国にあるじゃないかといわれるが、実際、これほど不合理で人
に不快感を与えるものもないと言わざるを得ない。

 全くランク付けされてその勲章を受け取るものが、毎年毎年数千人はいるのである。「天
皇陛下から頂いた」と、しょせんは推薦と官僚の産物に過ぎないが、これも日本においては
近代天皇教的国家原理の推進、戦後に置いても何ら変わらないが、に繋がり、意識の保守
化、体制維持精神の高揚に間違いなく大きく貢献している、これこそが真の狙いなわけであ
る。なんともその浅ましさ、いやらしさ、厚顔無恥ぶりにあきれるを通り越しての怒りさえ湧い
てくる。

 勲章ではないが褒章というものも戦前からあり、褒章は現在は6種類ある。勲章と同じく
天皇が内閣の助言と承認で授与とはいうが。

 それにしても呆れるほど掃いて捨てるほどの勲章と褒章の類がこの日本に蔓延している。
事前に叙勲、褒章を受けるかどうか、意志の確認の通告がある。拒絶、自体は発表される
こともない。褒章には賞金はないが、叙勲には金品や年金が与えられる。

 受取る人数が毎年積み重なってその国家的恩恵栄誉を受けたという意識の人間が、積
み重なるのだから、体制維持にいかに有効な制度かということである、これこそが狙いと
いえるであろう。

 私の家内の父親は地域歯科医師会会長の経歴もあって叙勲を打診されたが、その授与
の式典への出席の服装もやかましく、煩わしいとして辞退した、現実に辞退する人は少なく
無いが、多くが「天皇陛下が私に勲章を授けられた」とかなり滑稽な嬉しがりに浸って授与を
承認しておおいに保守的意識が高揚されるのは紛れもない事実だ。

 天皇陛下はその叙勲の名簿に目を通されるにせよ、形式的の極みでまことにこれも煩わ
しい公務には違いあるまい。ただ勲章は自ら手渡さないといけないので、とんでもない労力
である。体制維持にこき使われる天皇陛下である。

 まあ、一般市民にはあまり縁もなさそうだが公務員関係、教育関係では校長経験、大学
では教授経験、警察や消防関係、また各業界の推薦で下々?のものも叙勲される。むろん
大企業の社長や国会議員、政治家、高級官僚などはまず叙勲の対象となる。それをいまか
今かと首を長くして待ち望んでいる輩は多すぎる。基本的に叙勲は公務員が対象である。

 叙勲の決定機関は審議会もあるがその審議員の日当、交通費も馬鹿にならない。叙勲を
うけたものに犯罪や非行が発覚すれば返還命令もあり得る。差し押さえ禁止物件とされてい
て、担保価値はない。

 叙勲、褒章はあってもさすがに、「公侯伯子男」の爵位制度は消えた。あくまで一代限り
であるが叙勲者は積み重なって膨大な数となり、その年金優遇の負担も国家財政の負担
となる。

 要するに叙勲は一種の特権制度である。だが一般に賞を欲しがる人間の心理、栄誉と
多少の実益のある叙勲を羨望する種族がいるというのも事実である。

 保守政権が勝ち続ける一因に叙勲、褒章制度があるというのもたしかに事実だ。大きな
、政権維持の道具と言わざるを得ない。勲章をもらって喜ぶ人間の浅ましさが理解しがたい
というしかないだろう。

 月に初めて到達したアメリカの宇宙飛行士に日政府は文化勲章を与えた、だがアメリカ人
にすれば文化勲章など少しもありがたくもなかったのだろう、日本の商人にさっさと売って
お金に換えていた、そんなものである。

  
  勲章の買い取りは日常化している

 
 
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