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zoom RSS 「本とつきあう法」(中野重治、1975年)を読む

<<   作成日時 : 2018/06/28 12:19   >>

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 「本とつきあう法」といかにも何やらノウハウ物みたいだが、この名称は何かに
窮しての便宜上のものでしかなく、要は文学的な読書の自叙伝、エッセイである。
もちろん中野重治だから内容は重厚で深みがある。端的に恐ろしく内容が豊富で
ある。

 中野重治の読書遍歴、相対的な文学的読書自叙伝のエッセイ集である。順番
で並べると

 「わが文学的自叙伝」、「日本詩歌の思い出」、「乱読のあと」、「私の読書遍歴」
「岩波文庫と私」、「古本の記憶」、「ある古本の運命」以上でT、でUは「本とつき
あう法」、「旧刊案内」、「忘れ得ぬ書物、ー室生犀星『愛の詩集』」、「一冊の本、ー
細井和喜蔵『女工哀史』」、「名著発掘、ー西村酔夢『血汗』」、「私の古典、ー『マル
クス『猶太人問題を論ず』」、・・・・・など多数、V部では「斎藤茂吉全集・第八巻』に
ついて」、「身から出た錆『万葉の世紀』を読む」、「革命家の回想と面目、新しい版
の『自伝』」、「『幸徳秋水の日記と書簡』を読む」、「一つの小さな無尽蔵『エロシェン
コ全集』を持ち得たという喜び」、「眺めては読み、、読んでは眺める、土門拳『筑豊
のこどもたち』」、「おもしろくてためになる本『戦後日本の思想』を読む」、「二つの
『詩概説』」、・・・・など。

 この本は実に私は有意義な書物と実は痛感した次第である。中野重治だからお
手軽ということはないが、読んでためになり、その内容の深さに感歎させられる思う


 何がいいか?数多いエッセイ集だが「秋水の『兆民先生』」おもしろいが期待しすぎ
ると、「なーんだ」と失望しかねない、でも視点はさすがというユニークさで鋭い。

 「『幸徳秋水の日記と書簡』を読む」内容は多岐にわたる、しあめっつらではないが、
これをもって十分な研究論文と称して差し支えない。

 その中の文章「しかし私は最後に一つのことを言いたい。それはこの塩田編の親
切な一冊によっても、私自身には編者の塩田のいう『秋水の社会主義から無政府主
義への転換』という点がどう考えてもよくわからないということに帰着する。むろん
、・・・・・・・神埼の論文な土も読んで理解すべきだろうが、私はこの点は未だに日本で
何ら明らかにされていない、・・・・・」素朴で本質的な疑問だと思う。

 「岩波文庫と私」には「才能ある一人の文藝批評家が、二十銭で出たばかりの『ハー
ヴェイの『血液循環の原理』を、日本文学の批評上の問題として読めといって私に勧
めた日のことを私は覚えている」という文章があるが、この補註によるとこの文藝批評
家とは小林秀雄であり、立教大学に講師で呼ばれ、その控室で小林が中野話した。
そのとき堀辰雄の病状についても話し合った」

 「血液循環の原理」が岩波から出たのは1936年10月、このエッセイは1955年執筆だ
からざっと20年前のことを思い出して書いている、定価は40銭だったから中野の記憶
違いだが、中野重治と小林秀雄は、その一年前、中野を小林が『文學界』同人となる
誘いを中野が断っている。中野は文章で小林を何度も批判している。

 よく書かれているので仕方がないが、「旧刊案内」はおもしろい。列挙するのが煩わ
しいのでしないが、「旧刊案内」とは中野の面白い発想である。本の中身もさることな
がら、その入手に要した経緯、著者への思いがそれぞれ短文で綴られている。

 こむずかしい内容はさておいて、「わが文学的自叙伝」、「日本詩歌の思い出」など
を読むと改めて中野重治の詩人的素養を再認識させられる。

 また学者に敬意を払った中野らしく、北山茂夫の『万葉の世紀』、吉川幸次郎の『
宋詩概説』などへのエッセイもなかなか読ませる内容である。

 この本は稀代の、いえば大袈裟だが、なかなか有意義かつ内容の豊富な本である


   転向釈放後、自宅で妻の原泉とくつろぐ中野重治、昭和13年

 
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