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zoom RSS 65歳?で念願の五月人形

<<   作成日時 : 2018/05/24 00:24   >>

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雛人形にせよ、五月人形にせよ、基本的には妻の実家の祖父母、妻の親が行う
ものらしい、婿養子なら話は変わるが。私の場合、無論、母の親、私から見て祖父母
は全然やってくれなかった、兄にもやっていない、また父の兄弟の子供、従兄弟、従
姉妹を見てもそのような例を見たことも聞いたことすらない。実際、母の親、父の親を
見てもそのような世間の習わしすら行う気持ちは皆無だったはず、貧しい家系であっ
たから。

 でも世間一般は違う、妻の甥や姪をみてもちゃんと五月人形、雛人形を妻の親が
品定めして贈っている、それが普通というものであろう。だから私のことを妻に云うと
、「贈ってもらわなかった、ということはあるけど、そのような風習も知らなかったなんて
、恥ずかしいから他人に云わないでよ」となる。でも書いてしまった。以前にも書いたは
ず。

 私の方の家系は誰しも何か邪心に満ちた下層階級という印象を受ける。善人もいたが
貧しい一族には違いなかった。私の両親を見て、父はずっと前になくなったが、一言でい
い表せば「心の中に尊いものを何一つ持っていない、つねに人の不幸を願っていた無慈
悲な冷酷な人間」である。これでは幸福が訪れる道理はない。その子供は悲惨である。
家庭愛も親子の愛もなくただ鬼畜のような下層の卑しい心だけが満ちていた家庭に育っ
たのである。

 だが親も家系を選べない、貧しくとも善人の親、一族なら救いがある、だが違った。世間
からの評価は最低だったはずだ、だがそれすら意識しない。

 端午の節句、菖蒲は尚武で五月人形の風習、男の子なら、・・・・・・でもその習わしすら
知らずに育った私、遂に五月人形は縁がない、・・・・・・では寂しい、ここはちょっと奮発し
て自分で自分のために、これからの自分を励ますために五月人形を、で購入した。鎧、兜
は気持ち悪い、かわいい人形がいい、しかも勇ましい、馬乗りの男の子、である。

 ボロボロで生きてきた人生、我ながらひどすぎるとは思う。それもこれも五月人形のご加
護がなかったから、という気持ちになって。長年の胸のつかえが取れた思いはする。

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