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zoom RSS 戦後の優生保護法が戦前の国民優生法より悪質化したわけ

<<   作成日時 : 2018/05/22 10:28   >>

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とにかく戦後の日本は民主主義化されたと云うが、現実は優生保護法に
見られるように、その運用でついには医師の自由な裁量で不妊手術を強制
的に受けさせる悪徳まで蔓延した。そこにおいては官僚による強制不妊手術
、断種の推進、ノルマ化さえ顕著であり、官僚の優生政策には日本のマスコミ
は左右を問わず完全協力、賛同する劣等メディアの特質が顕著である。今も
それは変わらない。

 戦前の国民優生法は戦後も生き残り、さらに悪質化した。「国民優生法」
が戦争、生産の人的資源である人口の増殖を目的とし、母体の健康、生命を
守ること以外での妊娠中絶を禁止した。他方で「人的資源」として活用できない
遺伝性疾患の病人、障害者への断種を謳っていた。「優生保護法」は戦後の
経済混乱と極度の貧困という現実を前に人口の抑制を目的とし、妊娠中絶の
合法化を謳っていた。なにか大きく異なるように見えるが実は「優生保護法」も
「国民優生法」と同じく、障害者、遺伝性疾患のものの強制断種を記していた。

 「優生保護法」を国民優生法より母性保護の目的を加味していることを評価
する向きもあるが、療法に共通な上からの劣等者である精神障害者、遺伝性
疾患のものを劣悪者として断種に向かわせる思想は何ら変わっていない。
戦前の戦争遂行のための人口増大政策と戦後の経済混乱からの人口抑制
策は実は国家のご都合主義のコインの裏と表でしかない。

 単純に戦前の国民優生法をナチス化、戦後の優生保護法を米国化として
辻褄が合うわけでもない。底に流れる劣等国民!の排除、断種は同じである


 戦後の第一回国会において「国民優生法」に代わる「優生保護法案」が提出
された。日本社会党の加藤シヅエ、太田典礼、福田昌子らの議員立法であった
。「母体の生命健康を保護し、且つ、不良な子孫の出生を防ぎ、以って文化国家
の建設に寄与することを目的」として断種、避妊、人工妊娠中絶を行うことを掲
げていた。

 断種については基本的には「任意」とされ、その対象は母体の生命健康が危
険にさらされるとき、と同時に本人、または配偶者、近親者が「悪質な遺伝性素
質」を持ち、それが「子孫に遺伝するおそれあるとき」、本人配偶者に悪質な病
的性格、酒精中毒、根治し難い黴毒を持って生まれる子供に悪い影響を及ぼす
おそれがあるとき」、「病弱者、j貧困者、多産者であり、生まれる子が病弱化し、
あるいは不良な環境のため劣悪化するおそれがあるとき」と規定した。

 さらに強制断種の規定も設け、その該当ケースに裁判所が「常習性犯罪者に
対して、その者の犯罪的性格が子に伝わることぉ防ぎ、且つ不良な環境の影響
よって子の不良化を防ぐことが公益上必要と認めるとき」精神科長・「癩収容所」
の所長が「その収容者に対して子孫への遺伝を防ぐことが公益上必要と認める
とき」精神病院庁、癩収容所長の任意の判断で「生殖を不能とする」ことが強制
できる、とした。

 遺伝病でもないハンセン病を強制断種の対象としたのは戦前の国民優生法
にも見られないことであった。それも社会党議員が提出していたのである。

 強姦などの場合の人工中絶も認めて入るが、その理由が「劣悪化のおそれが
あるとき」であり、見方によれば強姦でも「劣悪化が認められなけれ」ば中絶は認
められないわけである。「劣悪化」は優生保護法を見抜くポイントである。

 参院厚生委員会で法案の趣旨説明に立った谷口弥三郎は、断種の目的につ
いて母体の保護などには触れず、

 「先天性の遺伝病者の出生を抑制することが、国民の急速なる増加を防ぐ上
からも、また民俗の逆淘汰を防止する点からいっても極めて必要である」などと
優生政策の観点からだけから理解を求めた。「逆淘汰の防止」は断種法を実施
しないと優生学上の「劣等者」のほうが子孫を数多く繁殖させるという主張で戦前
と同じである。

 優生保護法は何度か改正されたが、1949年10月厚生省公衆衛生局は

 「精神病など悪質な遺伝を断種する強制優生手術にあたり、手術を受ける者が
これを拒否した場合、手術を強制し得るのか、強制のための身体拘束、麻薬使用
などで拒否不能の状態にすることが優生保護法上許されるのか」

 と法務府に意見を求めたが

 法務府は

 「法律上の解釈から行って当然に本人の意志反して手術を行うことができ、これ
は憲法の人権規定に違反しない」

 との見解を示した。

 この問題に付き、厚生省結婚相談所の山際よし子が

 「個人の権利を尊重すべきことはもちろんでありますが、それがあくまで公共の
福祉に奉仕すべきである」

 だがかって「国民優生法」を推進した川上理一は

 「民主主義の立場から言って、かかる乱暴な法律は許されるものではない」

 と厚生省内部でも意見の対立があったと推測される。

 「優生保護法)改正の論点は経済的理由からの中絶の是認より、強制断種規定
の強化にあった。

 「優生保護法」は、1952年3月大回国会で再度改正された。

 このときも谷口などの議員立法であったが、
 
 この改正で、それまで石による地区優生保護委員への申請が必要であった人工
妊娠中絶が医師の判断のみで可能となった点、

 だがこのときの改正は「配偶者が精神病、精神薄弱である場合」を任意優生手術
の対象に加えたこと、優生保護審査会の審査決定で強制断種が可能となったこと、
だが人工妊娠中絶の自由化の前に「劣等者排除の思想はかき消された。

 断種の拡大はなぜかかき消された。

 この改正について日本社会党の堤ツルヨは

 「民族の衰微を来さないという観念のもと、今後われわれはもっとより強化された
ところの優生保護法の中に盛られたこの妊娠中絶または受胎の調節も考えていか
ねばらなない」

 「民族の衰微を防ぐ」などというナチス的な優生思想を持ち出している。

 戦前から廃娼運動や婦人普通選挙運動にたずさわった日本基督婦人矯風会理事
の千本木道子は

 「優生保護法」が「母体保護」に重点を置いていることを高く評価し、他方で「悪質の
遺伝性疾患を有する者の妊娠中絶は当然」としている。

左右の思想的基盤にかかわらず 、優生に関心を持つ人の間では、遺伝性疾患を持
つ者、ハンセン病患者の強制断種は当然とみなされていたのである。関心はひたすら
人工中絶の自由化にあった。

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