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zoom RSS 売文社、堺利彦と大逆事件

<<   作成日時 : 2018/05/01 17:32   >>

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売文社、堺利彦については2010年11月に亡くなられたノンフィクション作家の
黒岩比佐子さんの労作「パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』」
を読めばまずいい、はずであるが、多少の付け加える点も無きにしもあらずであ
る。では売文社とは端的に言えば何か?

  売文社(ばいぶんしゃ、1910年(明治43)12月31日 - 1919年(大正8)3月)は、赤旗事件の刑期を終えて出獄した堺利彦が、大逆事件(幸徳事件)後の「社会主義冬の時代」に生活費を稼ぎ、同時に、全国の社会主義者間の連絡を維持・確保するために設立した、代筆・文章代理を業とする団体。社長は堺が務めた


 堺利彦は1910年9月2日夕刻、大逆事件関連の聴取のために千葉監獄から
東京監獄に移送され、9月22日早朝に出獄した。そして「人類共同の力」と「
彼方に見ゆる光明」(第11書簡)を遠望しつつ、売文社という残存社会主義者
の避難場所を確保しながら「冬の時代」を生き抜いた。

 その後個人雑誌「新社会」で「小さき旗揚げ」を宣言し、日本社会主義同盟から
第一次共産党を経て昭和初期の合法無産政党へと至る、大逆事件以降の20年
間の後半生を「善き倶楽部」づくりに邁進したのである。

 大逆事件を語る際に、なぜか堺利彦は等閑に付されがちである。大逆事件100
周年の年2010年、全国各地で記念行事が開催され、大逆事件犠牲者の名誉回
復にむけた運動は加速されたが、そうした諸行事の中でも大逆事件以後の運動
を支えた堺利彦への評価や言及は少ない。

 この点については労作をモノにされた黒岩比佐子さんのブログ「古書の森日記」
においてある大逆事件関連シンポジウムの感想を

 「私にとって残念であったのは、長時間、4時間を超えるシンポジウムの中で堺
利彦の名前がでたのは一度きりであったこと。・・・・・堺利彦は、親友や同志のため
に監獄に面会に行き、差し入れも行い、手紙を書き、被告人たちの家族の世話を行
い、あらゆることを一手に引き受けていた。・・・・・・・大逆事件はそういう堺の存在を
無視しては成り立たない、と私は考えている」

 と述べている。

 晩年の堺利彦を校長に迎え、堺の郷里、福岡県京都地方に堺利彦農民労働学校
が開設されたのは1930年代の満州事変の時期であった。その関係者たちは戦後、
1956年に「堺利彦顕彰会」を設立し、福岡県みやこ町豊津に堺利彦の記念碑、記念
館を設立した。1995年に堺と同郷のプロレタリア作家を加えて「堺利彦・葉山嘉樹・
鶴田知也の三人の偉業を検証する会」と改称し、継続している。

 堺利彦顕彰記念館は老朽化のため2002年、閉館し、所蔵資料を豊津町歴史民族
資料館(現在のみやこ町歴史民俗博物館)に寄託した。

 みやこ町歴史民俗博物館は「読む会」の研究成果を市民に還元するため、2008年
に「みやこゆかりの先人、堺利彦資料展〜獄中より妻へ、子へ、友へ」を開催した。

 
 

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