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zoom RSS 「松本人志と共謀罪」(適菜 収)を読む

<<   作成日時 : 2018/03/25 22:19   >>

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  今や歴史的論文となった適菜収の週刊金曜日の論文、「松本人志と共謀罪」別に
狭い意味で松本人志と共謀罪についてだけ述べているだけでなく保守的なことがファ
シズムにつながる社会事象全般に付き、その最も典型例である松本人志、よしもとの
芸人について述べている、誠に示唆に富む論文である。まだ若い方!だがよくこの
社会を見抜いておられる。

 松本人志と共謀罪    適菜 収


 いつの頃からか、松本人志が変だ、TV番組で「多少冤罪があっても、共謀罪はいいと
思う」と放言したり、首相や大阪府知事をゲストに招いておべんちゃらに終止している。
その発言はネットニュースで増幅、その影響は一芸人の粋を超えている。また一連の
「お笑ハオワコン」騒動からは、松本を頂点とする日本の笑いと、メディア側の問題も浮
かびあがる。「松本人志の変節と、共謀罪の成立を許した私達の社会」、どこかで通底
しているのではないか、検証してみた。

 松本人志の異常性に気づいたのは、2015年5月、大阪市でいわゆる、「都構想」をめぐ
る住民投票があった頃だ。当時私は松本がどういう人間であるかを知らなかったので、
住民投票翌日に松本のツイッターのコメントをみたときも、その真意はよくわからなかっ
た。

 そこには「多数決で物事が決まるなら世界は中国の思い通りになる」とあった。住民
投票では1万票差で否決されたが、まずネット上での、ツイッターでの松本のコメントは
その結果に苦言を呈したのではないかとされた。わたしはそこまで松本がアホとは思え
なかった。それは多数決で決めてはいけない案件を住民投票の持ち込んだ維新の会
のやり方を批判したのだろうと軽く受け流した。

 しかし翌週に松本の真意が明らかにされた。松本はレギュラー番組『ワイドショー』(
2015年5月24日放送)で、住民投票の結果を受けての橋下徹の政界引退についてこう
述べている。

 「都構想が良いか悪いかは置いて、これだけエネルギッシュな人を辞めさせてしまった
のは大阪市民の失敗だなと思います」、「絶対に辞めてほしくなかったし、辞めさせては
いけないと思っていた」、「やしきたかじんさんや紳助さんがいたら結果は変わっていいた
という人がいる。僕も『あるかもね』と正直思う」

  当たり前の話だが、「良いか悪いか」を置いておくことは決して出来ないことである。

 それをさて置いて、エネルギッシュな人間が悪いことをしたら最悪ではないのか、また
「たかじん」、「紳助」云々は大阪市民への侮辱であろう。

 そもそも「都構想」という名称自体が詐欺だった。住民投票で賛成票が上回ったとこ
ろで、大阪府が大阪都になるわけではない。政令指定都市である大阪市が五つの特別
区に分割されることになっていた。大阪市民からすれば、自治権も失うわけで百害あっ
て一利もない。それでも賛成派と反対派が拮抗したのは橋下維新が「二重行政の解消」
「財政校歌」は「無限」とウソをついて、テレビCMなどで「教育費を5倍にできる」などとデマ
を流し、タウンミーティングや街頭演説で目盛りっを誤魔化した詐欺パネルを使い、大阪
市民を騙したから松本はこういう事実を知った上で、維新の会に加担したのであろうか?

 お笑い芸人は空気を読むのが仕事である。松本が成功したのはそれを読むことに長け
たのである。しかし考えるべきことは、空気で政治を動かすことの危険性である。私は松
本はしょせん無知なだけで、本質的に悪意に満ちた人間ではないと思っている。しかし、
自分が置かれている状況にあまりに無自覚である。

 ある分野における専門家は、他の分野における専門家ではない。英文学の専門家が
パイロットの判断に口をだすのは危険である。同様に、俳優、学者、画家、スポーツ選手
として優秀であっても、政治には素人である。

 要するにワイドショーのコメンテーターに求められるのは、専門外の意見、素人の意見
である。大衆はそれを見て、「オレたちの意見を代弁してくれた」と共感し、さらにそれを
自分の意見のように思い込んでしまう。つまり思考の材料ではなく、思考停止の材料を
提供するのがワイドショーである。

 それでも、芸人は一般世間とは違った切り口でコメントをさそうとする努力というか、
職業倫理のようなものがあったはずである。談志でも上岡龍太郎でも、政治に言及する
際には、ためらいや一呼吸のようなものがあった。

 しかし松本は子供でも言わないような凡庸な意見をドヤ顔で云う。芸人としてどうかと
思うが、問題は凡庸な人間なら無害だといえないことである。

 哲学者のハンナ・アレントは著書『イェルサレムのアイヒマン』でナチスの親衛隊中佐で
あったアイヒマンの裁判記録を残している。副題の「悪の陳腐さについての報告」が示す
とおり、そこでのアイヒマンは極悪人でなく小心者の平凡な役人として描かれている。ナチ
スは狂気の集団としてではなく、市民社会から発生した悪しき人間たちが悪しき意図を持
って悪事を行う場合はタカがしれている。しかし近代社会においては、思考停止した人々
が、「わかりやすい」世界観に飛びつくことで「究極の悪=全体主義」が発生する。アレント
はメディアと社会的な俗情の結託に警鐘を鳴らしたのである。

  松本のアホなコメントは山ほどある。中には看過できないものもある。

 テロ等準備罪新設法案(共謀罪)について、「正直いうと、いいんじゃないかと思っている
」、「冤罪も多少あるかもしれないが、未然に防ぐことのプラスのほうが大きいと僕には思え
る」、「だんだん、ふるいにかける網目の大きさも変わるんじゃないか」

 これでは完全にアウトである。

 政府は「東京オリンピック開催にみけたテリオ対策法案」、「国際組織犯罪防止条約を
批准するため」と、でたらめな説明を繰り返したが、松本はそれを鵜呑みにして「この法
案が通らないとオリンピックに支障が出るってことですか?」などとも言っていた。「冤罪」
云々の発言は論外だが、「だんだん篩にかける網目の大きさが変わる」ことが問題になっ
ているのだ。

 安全保障法案についても松本のコメントは恐ろしく鈍感だ。

 「安部さんがやろうとしていることに、『反対だ!』という意見を言って、意見じゃないじゃ
ないですか。対案がないので」(ワイドショー2015 年8月9日)」

 「対案を出せ」はネトウヨの御用達のフレーズだが、安保法制は対案を示すような性質
のものではない。安倍政権は安保法制懇という私的諮問機関の判断をもとに閣議決定
を行い、内閣府政局長官の首をすげ替えて、最後にはアメリカで勝手に約束してきて強
行採決した。

 これらは国の運営手続きの破壊である。

 タチが悪いのは、法案の中身も知らずなんとなく安倍を支持した連中だろう。その筆頭
が松本である。ひたすら安倍に媚びへつらい、橋下にも媚び、松井にも媚びる。権力に
尻尾を振り、弱者を叩く。ネトウヨなら社会的影響は少ないが、松本ならその発信力をみ
たらその凡庸さは犯罪である。

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