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zoom RSS 「前略  松本人志様」 田中文夫(毎日放送プロデューサー)

<<   作成日時 : 2018/03/15 13:13   >>

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 かって「週刊金曜日」に寄稿された現在、毎日放送顧問の田中文夫氏の
強烈な松本人志批判、堂々とその永遠の価値を認めて転載いたします。

 
  前略  松本人志様

 お久しぶりです。もう何年もお会いしていませんね。最後に顔を見たのは
松ちゃんの結婚披露宴だったと思いますから、もう8年も前になります。随
分ご無沙汰しております。

 最初に会ったのは1987年の3月、もう30年も前になります。ダウンタウン
が初めて主役をつとめるTVの生番組『4時ですよーだ』。その番組がスター
トする前の、スタッフの顔合わせでした。

 テレビではまだ露出が少なかったものの、ホームグラウンド「心斎橋2丁目
劇場」ではすでに若い女性にカリスマ的な人気を誇っていたダウンタウンで
したから、さあ、どんな顔をして顔合わせの場に現れるのか、楽しみにしてい
ました。浜ちゃんは腰が低くニコニコしてフレンドリーでしたが松ちゃんは違い
ました。ダボダボのダークスーツを着て、まるで不貞腐れたようなだるい雰囲
気を全身にまとっていました。あまり喋りませんでしたが、そのふてぶてしい
態度はさすがに若いのに大物、という感じを受けました。

 番組が始まって少し経った頃、吉本のスタッフに「松ちゃんはああ見えてね、
番組が始まる一週間ほど前からえらく緊張していたんですよ。その間ずっと
下痢だったらしい」と聞きました。松ちゃんは強気100%の自信家でちょっと
付き合いにくいタイプの人なのかと思っていたのですがそれと同時に神経質
で弱気な青年であっったということも分かってちょっとホっとしました。こういう
両面性を持つメンタリティこそ、笑いの天才に必要な資質なのだと悟りました。

 番組は見事に大成功しました。ダウンタウンの二人は不思議なことに最初
から出来上がっていました。スタッフの誰の手を借りることもなく、自分たち二
人が自ら作り出す栄養だけを摂取してどんどんモンスターになっていきました。

 番組は2年で終わり、東京進出。それ以降はアレヨアレヨという間に出世街道
を突っ走って行きました。そして大阪にいる私達からは手の届かない遠い存在
になっていきました。あれはいつ頃からでうsかね、「天才松本人志」という呼ば
れ方から「お笑い界の大御所」というふうに変わっていったのは。

 私事になりますが、私は6年前、勤めていた放送局を離れ、それ以来、実は
あまりテレビは見ておりませんでした。そしてある時ハッと気がついたら松ちゃ
んが別人に変わっていました。金髪で筋肉ムキムキのマッチョマンになってい
ました、あれぇ、なにかおかしいな、見かけは変わったけど、考え方も人柄も
変わってしまったのではないだろうか、と思いました。
 
  同じ頃、後輩の若い芸人たちが松ちゃんの激しい変化に戸惑っている、と
いう話を何となく聞くようになりました。「松本さん、昔言うてはったことと反対の
ことばっかりしてはるんですけど」

 確かに松ちゃんは昔から「芸人が体鍛えてどないするねん」とか「映画は撮
らない」とか「できちゃった婚はしない」とか、今は全部その反対です。でもそれ
は私にとってどうdめおいいことです、一番肝心なのは「いつまでも笑い一本で
勝負していきたい、それはすごく勇気と自信のいるものだが、天才松本はあえ
て挑戦しようと思う」と、自著'94年『遺書』の中で言い切った、あなたの決意で
す。これは守ってほしかった。

 それが今はどうでしょうか、『ワイドショー』って何ですかこれ。「コメンテーター
」てなんおつもりでしょうか。いったい、何が起こったのでしょうか、天才のやるこ
トトはどうしても思えないのです。

 1年半ほど前、東京の砧のテレビスタジオで偶然、浜ちゃんと出会いました。そ
して思わず聞いてしまいました。

 「最近、松ちゃんの周りが何かヘンやで、という話をよう聞くけど、どうなん?
浜ちゃんはどう思う?なにか注意したり、アドバイスってあるの?」

 すると浜ちゃんはいままで見たこともないような微妙な表情をして、無言で首
と右手を振りました。はあ、そうなんか、長年の仲良しで戦友の浜ちゃんでも言
いだしにくいことなんか、それじゃ周りのスタッフもタレントたちも何も言えるわけ
ないな、と思いました。
 
 松ちゃん、今あなたは、完全に裸の王様になってしまってます。誰もあなたの言
うことに反対しない、たまに異見を言う人がいれば「笑いのセンスがまったくない」
と吐き捨てるような言葉で断罪する。怖いから誰も批判しなくなる、それってそんな
に気持ち良いことなんですか?でもおかしくないですか。松ちゃん、あなたはボケ
でしょ、突っ込まれてナンボなのに、怖くて誰も突っ込めない、そんな矛盾する存
在になったんです。

 わたしは松ちゃんにサル山の醜いボスになってほしくないのです。孤高の天才
、それがあなたにふさわしい肩書であり生き方です。会社からビジネスのことを言
われようが、後輩芸人がしっぽを振ってすり寄ってこようが「そんなもん知らん、そ
んなことどおでもええ、わしは天才芸人や」と一蹴してほしいのです。誰を忖度さ
れる存在になることを拒否し、寂しい独りぼっちでいてほしいのです。それが天才
芸人の宿命です。

 嫌なことばかり言って申訳ありませんん。30年前のナイスガイだった松ちゃん
と、現在の「笑いの大御所」松本人志さんとの間のあまりに大きな落差に、年寄り
になった私が付いて行けないだけなのかもしれません。でもねえ、これまでどんな
ことも我慢してスルーして来ましたが、そうしてもスルーできないことがあるんです


 一つは「2025年大阪万博誘致アンバサダー」の就任です。なんであんな評判の
よろsくないヨゴレの政治家たちと同じステージに立つんでしょうか?あのニュースを
見た時は寒イボが出るほどのショックを受けました。我らのダウンタウンをどうする
つもりや、と思わず叫びました。あれは断固、断ってほしかった。

 もう一つは「共謀罪」への賛成です。テロ防止のためなら「多少の冤罪はしょうが
ない」発言です。

 うーそーだろー。

 一体何がどうなってしまったのでしょうか?ほんとに悪い夢を見ているようです。

 ここまで書いてきて今ひとつ気づいたこと、昔の松ちゃんと今の松ちゃんは実は
別の人物ではないだろうか?どこかで入れ替わったのでは、という疑念です。そう
とでも考えないとこの変貌ぶりは理解できません。

 誰かが不正アクセスして「松本人志」を乗っ取った、そして松本人志に成りすまし
て好き勝手なことをやっている。彼の莫大な信者に日々、悪巧みを刷り込んでいる
。そして不正アクセスして松本人志を乗っ取ったやつは「安倍菌」に感染している。

 現在「松本人志」を名乗っている人にお願いします。早々に「松ちゃん」から立ち
去ってください、もっと才能のない、影響もないゲスなおっさんに乗り移ってください
。・・・・・・・「まっちゃん」を我々に返してください。お願いします。

  
  30年前、清廉潔白だったこrろの松本人志


  
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