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zoom RSS 「本陣殺人事件」最大の難点は「本陣殺人事件」の存在そのもの

<<   作成日時 : 2017/09/22 11:09   >>

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いうまでもなく戦時下での言論統制でミステリー推理小説もご法度に近く、推理
小説作家たちはもはや発表の機会はなかった。だがその雌伏の中において、横溝
正史は昭和20年、東京大空襲の後吉備郡k^岡田村字桜に一家で疎開した。その
家は長く空き家だったため住める状態にするための清掃、修繕が行われ、一ヶ月
近く総社の知人宅に居候していた。だが終戦末期から戦後しばらく、この岡田村に
住み、食料の心配もなく暮らせたことは、横溝正史、さらに一家にとって何より幸福
であり、正史も執筆に専念できる恵まれた環境と言えた。そこから生まれた、練に
練った、構想を温めた密室殺人をテーマにした、さらに金田一耕助初登場の作品と
いう記念碑的な「本陣殺人事件」の完成と相成った。

  
   「本陣殺人事件」は横溝正史で最もよく知られた作品で微に入り、細に入り、あれ
これ論じられている。正史自身もこれほど練りに練って書き、更に加筆した作品もな
い。やや不自然と思える、推理ミステリー小説趣味の記述はある意味、その情熱と
ある種の余裕の産物である。戦時下においても西洋の探偵推理小説を耽読し、そ
のトリック、とりわけ密室殺人に強く惹かれていた。その夢の実現、といってよいのが
本陣殺人事件であった。トリックはいかにもお現実的には有り得そうもない、だがそ
れで筋が通る、まあ、作り物の極地ではある。推理ミステリーの七味唐辛子がかけ
すぎという感は否めない。それだけこの作品にそれまでの鬱憤を晴らしたわけで
ある。したがって全体的簡潔さにかけており、トリック創造と七味の厚化粧に思えて
しまう。

 さて、横溝正史が岡田村の疎開宅で練りに練った、入れ込んだ結果の「本陣殺人
事件」その推理の内容に、また設定の不自然さ、動機の不自然さに当初から多く
の疑問、批判が呈された。

 しょせんトリックなどというものはそれ自体が推理ミステリー小説の真髄なのだか
ら非現実的を極めようと、それはそれで説明がつくなら文句はない。ただ問題は
動機のあまりに不自然さ、である。「獄門島」でもいえるが、何も加害者は殺人など
犯さなくてもいくらでも穏当な方法があるのに、いきなり殺人とはおかしい。本陣
殺人事件でも、「新婦が処女でないから元本陣の家系の当主たるべき誇りを傷つ
けられた」という理由で、あんな凝りに凝った密室殺人を装ったしんじゅうをわざわ
ざ行うなど、作り話にしても不自然過ぎる、というわけである。処女でないのがそれ
ほどイヤなら破談にしればいいだけの話ではないか、まして新婚初夜に臨むこと
自体がおかしい。

 もちろん作り話だから何から何までおかしいと言えば論点は数限りない。特に
動機である。したがって横溝正史は最初に発表した「本陣殺人事件」に対し、大き
く加筆を行った。その最たるものが第15章で犯人が語る動機である。雑誌「宝石」
の連載時には、新婦の克子が処女でないことを最大直接の原因として賢蔵の異
常な潔癖さ、自尊心を挙げていた。

 だが、この動機で心中を図るなどおよそ現実にありえないことである。

 最終版では、克子の交際相手の存在への不安、賢蔵の嫉妬、を詳しく書いて
、「自分をこういうのっぴきならぬ立場に陥れた克子さんへのはげしい憎しみ、
それが昂ジテ殺人事件に発展」とはある。だが別にそれほど処女でないのが
いやなら、やっぱり破談にすればいいだけで、おかしい。

 さらに第16章、予行演習、第17章の止むを得ざる密室、で補足説明の犯行
の内容、三本指の男の死体、三郎が共犯者となる点、日記にも手を加え、「
生涯の仇敵」の創造、最終章の第18章の「曼陀羅華」三郎の独白と作者の感想
、である。さらに他の部分も加筆訂正が行われている。三郎王の心理を詳しく描
くことで悪意の部分を強調し、三本指の男の不慮の死を犯行に組み込もうとした
三郎を賢蔵以上のワルと描いているが。

 いかにも後付けで取り繕ったという感は否めないのである。

 ★「本陣殺人事件」最大の難点は「本陣殺人事件」自体の存在、設定そのもの
である。

 モデルとなった吉備郡川辺《真備町川辺》の川辺宿の本陣家系は絶えていた。
本陣の建物も何も存在していない。時期として設定された昭和12年であっても。

 山陽道川辺宿の西隣はあの矢掛宿である。現在、本陣と脇本陣がそのままの
姿で残っているのは矢掛宿のみである。

 川辺宿、その本陣の家系が絶えていたからこそ気ままに自由に書けたという
な、そもそもありもしな本陣の家系をモデルに推理小説w書くこと自体、最大の
矛盾で作り話といえば済む話だが、だったらゴテゴテ後から動機の加筆訂正な
ど行う必要もないのではないのか。

 ありもしない川辺宿の本陣家系を恰も蘇らせた事自体が最大の荒唐無稽で
る。


 では本陣の家系とはどんなものだろうか。この備中地域、山陽道沿線を考えても
何か犯罪が起きたことなど一例もない。


 現実に続く矢掛本陣の石井家、これは庄屋で明治以降は酒造をナリワイとした。
では石井家がそれほど誇りに満ちた神経質な人間を輩出したであろうか。私達の
世代では当主の石井遵一郎氏、早稲田ででインテリ、社会党で昭和38年には社会
党訪中団に同行、毛沢東とも会談した。毛沢東はお歯黒をしていたそうだ。

 たとえの話、石井遵一郎さんが新婦が処女でないから、時代的には遵一郎さん
と同じ頃だ、密室殺人のトリックを駆使して心中しただろうか、新婚初夜に、アホ
らしいの一語である。そのような意味での「潔癖性」をもっていた当主などいるはず
もない。

 多くの本陣は当主は家を出て絶えている。石井家も遵一郎さん死後は息子さん
夫婦は倉敷に住んでいる。脇本陣の高草家も明治に東京に出た。

 動機の不自然さ以前に、本陣の家系当主がこのような異常な誇り!をもつこと
とはないと断定できる。

 ★三本指の男hが「芳井町」出身とある。横溝正史が芳井町など地図上でしか
知り得る道理はない、土地勘もない、知りもしない。

 芳井町の人間が、一般に川辺あたりに来ることはない。矢掛なら分かる。でも
横溝正史は全作品中に矢掛町もその中の地名も一度も出していない。

 矢掛町を蔑ろにして、上っ面の聞いただけの芳井町をだすなと浅薄というもの
である。
 



 厳然と矢掛町にのみ存在する本陣、と脇本陣の並立


  
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