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zoom RSS 陸上自衛隊山口駐屯地事件、・・・歴史的意味を持たない特異な事件

<<   作成日時 : 2017/05/18 09:59   >>

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  1984年、昭和59年2月27日に起きた陸上自衛隊山口駐屯地事件から
すでに33年が過ぎた。私はこの自動小銃を射撃訓練中、振り向きザマに
後方に向け乱射した二等陸士のA、兼信雄一の生まれ育った家のごく
近所に住んでいた。もちろん、この兼信雄一ははるかに年少で知らない
が、その兄弟、全部で五人兄弟であったそうだが、ある一人は学年が接
近していて小学校時代からなんとなく知っていた。だが子供心にその目
つきの異様さは印象に残っていた。決してあの事件があったから云うの
ではない。特に小学生時代には目つきの異様さは顕著だった。父親にも
ややその傾向はあった。後述するが、金光学園に中学から進んだそいつ
は高校卒業、受験時、私は病気で遅れて同じ年の受験となった。バスで
出発する時、何か見慣れない男がいた。実はそいつで徳島大の薬学部
を受験のため出発でバスに乗ろうとしていた、目つきは空虚さはなくなっ
ていたが、やはり尋常でもなかった。

 といってすでに書いた内容と重複もするが、今あらためて振り返ると、
陸上自衛隊の歴史的意義とは何の関係も持たない特異な事件に過ぎな
かった、が乱射されて重軽傷を負ってその後死亡した一人は19歳であっ
たから、何とも不幸な事件には違いない。この事件をもって陸上自衛隊
論じてはいけない、ということである。

 今、岡山県矢掛町は宿場町としてその町並み整備を長く続け、観光的
に数多くのイベントを開催し、何か注目の的のような街である。だがその
町並み整備の対象である商店街通りに面したある一軒は空き家となり、
錆びついた外板さらしてそのまま放置されている。今現在はどうかは確
認していない。その家が兼信雄一の生まれ育った家である。私の五人も
男ばかりの兄弟がいたとは、つゆ知らなかった。知っていたのは一人の
みである。その視線の異様さに子供時代から不審感を抱いていたのも
紛れもない事実である。

 この振り向きザマ乱射事件の経緯は他に書いているサイトもあるので
詳細には書かない。ただ射撃訓練中で、突然、後方を振り向いての
乱射などという事件は世界史上、ちょっと例がないと思われる。まず、
あり得ない話である。なおこのときは射撃の検定試験であり、したがっ
て検定を受ける該当の隊員らが後方に整列して並んでいた。

 乱射後、「どけ!」トイッテジープを奪い,逃走。ただし駐屯地内である。
駐屯地内を捜索隊が見回っているうちに茂みに潜んでいた雄一が両手
を頭の後方において「兼信です」といって出てきた。自殺の恐れがある
思ってか、猿ぐつわをかまされて、眼鏡がずり落ちて連行される写真は
新聞にも出ていた。読売新聞の社会面トップ

 「兼信、標的は前だ!」でも本当に冗談ではない行動である。

  
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 その後、責任を問われて処分された上官が首をつって自殺した。だ
が上官に責任はあろうはずもない。その理由は後述する。

 五人兄弟のうち上の四人は小学校を出てすべて私学の金光学園中
学を受験し、一人の不合格者もなかった。金光学園御用達の兄弟とい
エバ皮肉に聞こえるが、この父親が実は何かと積極的な人物で教育熱
心でもあった。ある意味筋金入りだった。とある農家相手の商売をやっ
ていて早起き、いつも朝食を食べていたらこの父親がすでにマツダの
トラックに乗って仕事に出かけるエンジン音がいまでも残っている。
それはそのごこの父親が宅建資格を取得し、宅建業を始めたことから
も勉強熱心で積極的なことが分かる。この勉強熱心、積極的、という
キャラクターはどうやら五男までは伝わらなかった。兄弟で一人、その
まま公立の矢掛中学に進んで、矢掛高校に進学、あまり勉強はできず
大阪経済法科大に入学した。(不名誉と思うのか、大阪経済法科大は
在学を否定しているが事実である)さらにわが歴史と伝統ある矢掛高
校にとっても大きな不名誉、汚点となってしまった。この後、矢掛高校
が嫌われて偏差値が下がったという現象すら生じた。

 四人の上の兄弟は揃いも揃って、小学校を出て金光学園中学から
高校、大学もすべて徳島大で共通だから、画一的だが一人として落ち
こぼれない勉強熱心さ、だが五男で崩壊した。

 大阪経済法科大を中退し、就職もないので自衛隊に入ったのだろ
うか。姫路駐屯地時代、脱走して警察に引き戻されている。どこから
見ても好ましいとはいえなかった。ここで除隊処分にしておけば事件
が防げたはずだが、・・・・・・まさか、・・・・・である。

 しかし地元では知る人ぞ知る、古くからの人は雄一の父親の母親、
雄一からすれば祖母に精神異常傾向があったという事実である。
この乱射事件を聞いて地元のある事情を知る人は

 「まさか孫の代でこんな大それた事件を起こそうとは!」

 と慨嘆した。紛れもなく遺伝的な精神異常はあったのである。だが
自衛隊員の募集でそこまで、地元の知る人ぞ知るの噂まで知り得る
道理もないだろう。上官の指導に不適切があったからではない、その
異常、を見過ごした陸自自身の責任だが、・・・・隠微に秘められて伝
わる精神異常など分かる道理もない。19歳で死んだ自衛隊員も、また
処分を受け、責任を感じて自殺した上官もまさに気の毒すぎる被害者
であった。

 事件直後、防衛庁長官が記者会見していたが「履歴書を見ると悪く
はないんですね。いいんですよ」

 これは他の兄弟の学歴とか親の仕事を言ったはずだ。だが裏の裏ま
で読めるはずはなかったのである。

 町並み整備もこの家だけはどうしようもなく放置なのか。

 
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