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zoom RSS 佐田の山(市川晋松)は日本会議で晩節を汚した

<<   作成日時 : 2017/05/02 10:53   >>

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 日本会議の紹介本は最近、多数発刊されているが、その構成役員
のリストを見ると「市川晋松」がある。日本会議の代表役員であり、肩
書としては「元日本相撲協会相談役」とある。いうまでもなく元横綱の
佐田の山であり、元相撲協会理事で出羽海親方の佐田の山である。

 これをみてどう感じるであろうか。佐田の山なんてもう若い世代どころ
か中年世代も知らないだろう、まあ、元日本相撲協会理事長ということ
は、おぼろげに思い浮かべるにせよ、もう記憶の彼方に消し飛んでいる
、ハズの人物が「日本会議 代表役員」であり、その保守性、右翼性を
世間にアピールしていたわけである。

 実を言えば私は小学生時代、判官贔屓的な心理から圧倒的な大鳳
の実力、戦績に反発する意味からも佐田の山を応援し続けていた。そ
の突っ張りは強烈の極みで、もう昔の話、三役くらいの佐田の山が、も
う引退近かった若乃花(初代)を一方的に突き出した一番が印象に残る
。端的に言えば離れても組んで相撲が取れる実力者だったが柏鳳ほど
の圧倒的体力、パワーに欠けていてなかなか勝てなかった。横綱昇進
は大鳳との戦いだったが、不利は否めなかった。

 さて、日本会議である。日本のバックラッシュ勢力の中心的組織であ
り、現実に政治を支配している。自民党との一体化はいちじるしく、その
反動化を大いに助長もしている。右翼論客がウヨウヨいる。その中の
代表委員、ま文化人では作曲家の船村徹が日本会議に加入していた。
いくら名曲を作ろうと、それだけで心が曇らされる。だが佐田の山晋松は
代表委員である。およそ半端ではない。あきらかに信念的に保守性、右
翼性がある。

 その証拠が弟子の舞の海である。実質的に日本会議の広告塔と揶揄
される舞の海は次のような傑作なコメントを,改憲問題に関して発してい
る。

 舞の海はふわりと変わり身が得意、

 「変わるというのは素晴らしいことなんですよ」

 なるほど、インテリジェンスに応じた日本会議の広告塔だろう。

 その右翼性が師匠の佐田の山の影響を多分に受けた結果、とは強ち
、的外れでもないだろう。

 佐田の山は晩年の日本会議幹部を予測させ得る、保守的、閉鎖的な
改革!を理事長時代に行っている。メディアは佐田の山に反対する反主
流派をなにか改革に抗する保守派的な意味合いで批判したが、・・・・・・
果たしてそうだったろうか。

 佐田の山が理事長時代に行ったのは帰化の年数の短い力士をも含め
他外国人力士規制、日本会議の排外主義に通じるし、入門の年齢制限
、これはそのご別の理事長で改められた、非現実的なものだった。

 年寄名跡の協会一括管理は何か先進的で明朗を世間に誤解させるが
、実は非現実的であり、その管理主義的な性格を現実化させたもので
大きな反発を招き、失脚に至ったのは周知の通り。

 そもそも自分自身は先代の出羽海親方の娘と早くから結婚して後継の
地位が保証されていて、おまけに相撲茶屋の権利まで相続である。出羽
海野の後継は勝手に名跡変更を行い、鷲羽山を指名、「しっかりしていて
信頼できる」でも自分の言う原理原則には全く反していた。その鷲羽山も
何か不祥事で失脚したのも周知のとおりだ。

 相撲茶屋の女将でもあった先代の娘と結婚、その「地位」は盤石だった
千田の娘でおまけに相撲茶屋の女将だ、・・・・。さすがにここまでの「婿
養子」は相撲界でもいなかっただろう。

  
画像


 

 私はその引退後、というか引退自体30歳という若さで高見山に一方的
に突き出されるという全くやる気のない相撲の挙句の引退、どうせ地位
は保証されているから、さっさとやめる、そんな本音が透けて見えた。

 そこで日本会議代表委員、市川晋松、・・・・心情に従うとはいえ、私は
甚だしく晩節を汚したと断言する。

 葬儀には日本会議関係者がさぞ押し寄せるであろうことは想像に難く
ない。

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