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zoom RSS デビュー当時の「山崎ハコ」論、日本のエディット・ピアフ

<<   作成日時 : 2017/05/14 17:42   >>

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山崎ハコももう還暦を迎えようとしている。フォークの女王を誰とすべき
かはシンガーソングライターの巨人、中島みゆきはある意味隔絶している
ほどの存在にせよ、もう一人、九州の日田から横浜に出てきた、山崎ハコ
は個性は大きく異なるが、中島みゆきに対抗するフォークの巨人と云って
何の過言でもない気はする。中島みゆきを初めて知ったのを「時代」、「ア
ザミ嬢のララバイ」という人は多い。ならば山崎ハコは初期のアルバム「
飛びます」所収の曲ということが多いのではないだろうか。その中の「望郷
」は悲しみ、寂寥から絞り出す魂の叫び以外の何物でもない。自分を一切
、偽らず、飾らず、心の奥底から詩情を噴出させる山崎はハコほど精神に
忠実なシンガーも他にいないだろう。紛れもなく魂を揺さぶる叫びである。
中島みゆきはまだまだ装飾があるが、山崎ハコにはそれすらない。

 山崎ハコは「暗い」といわれる。確かにそうかもしれない。だがそれこそが
山崎ハコの魂の叫びの真髄なのである。だが表向きの「暗さ」は往々にし
て誤解、先入観を与えてしまいがちである。

私が強く感じることは山崎ハコが高校から横浜に移り住んでその後も
拠点としていることより、生まれ育った大分県の田舎の土着性である。
これは一貫している。都会的なものをさほど感じさせず、九州の何か
因襲めいたものが精神のコンテに常に潜んでいる。

 本当に小さな体から歌の中にあらゆる激情を叩きつけて歌い上げる山
崎ハコは、ジャンルは違うにせよ、日本のエディット・ピアフと称すべき存
在ではないだろうか、と〈ブログ執筆者の〉私は思えるのである。人生の
辛酸をなめつくして小柄から情熱を歌に叩きつけて歌い上げるエディット
・ピアフはどうしても山崎ハコと重なって見えるのである。

   
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 ★デビュー当時、あるいは間もない頃の「山崎ハコ」論  冨澤一誠

 山崎ハコのリサイタルは(1975年)5月25日、東京都市センターホールで
開かれたが、その日は火曜日の平日、雨という天気にも拘らず、多くの人
が詰めかけた。開演30分前に私は着いたのだが、すでに満員となってい
た。

 主催者と詰めかけたファンとの間で口論が続いていた。主催者は「もう
これい所は入れません」と言って、当日券も手に入れることができなかっ
た人たちは「どうしてもいれてほしい」と懇願した。

 最近は閑古鳥が鳴くことが多いフォーク系のコンサート、ライブでまさに
異例中の異例と云えた。都市センターホールの定員は1000人。決して少
なくない。だが中に入ると通路もびっしり。まだ正式にデビューして半年余
りという新人なのにすごいことだ。

 だが私が本当に驚いたのはその客の多さではない。そのコンサートの
ナマの熱気であり、エネルギーだった。ハコは無口であまり話さず歌を歌
うだけ。しかし、ファンはそのハコの歌を、それこそ聞き漏らすまいとじっと
して聴いている。歌を歌い終わるとその拍手の多さ、豊かさは豊饒の海の
ようだった。

 さらに会場内に漂う雰囲気が異常だった。人間すべての感性が研ぎ澄
まされた矢のようにステージのハコに注がれていた。すべての一の感覚
がそうであったからこそ、そこには話し声一つ聞こえなかったのだろう。ま
さしく、そこにおいて、ハコは皆に必要とされていたのである。

 このハコのリサイタルの前評判は高くてファーストアルバムの「飛びます」
がすでに5万枚も売れていることからして各地のコンサートでの動員力は
十分あることは知っていた。実はそれ以前、ハコがデビューする前、家庭用
テープデッキで、ギター一本だけで歌う彼女のテープも聴いていた。そのテ
ープはプロデューサーの尾崎道彦さんに聴かせてもらったものだが、そのと
き、その個性、魅力はそれまでに例のないものだと感じた。といって実際の
歌唱を聴くまではその予感も不確実だったが、実際にそのコンサートを見て
聴いてすべて納得できたのである。

 ★ファンの中心は大学生

山崎ハコの魅力を考えた場合、一つ指摘できるのは比較的年齢層が高
いということがあげられる。

 「ハコのコンサートを聴きに来る人は、1000人いたら800人は大学生で
す。しかも男性です。残りが高校生の男女、OL、中年男性、でしょうか」

 と話すマネージャーの星野東三男さん。

 最近のフォークソングファンの年齢層はだいたい中高生の女子です。そ
んな傾向にあってなぜハコの場合は大学生男子が多いのか。実際、私も
ハコに魅了されている一人だが、どこにそれほど魅了されるかといえば、「
今どき、こんな女性が存在するのだろうか」という驚きに似た気持ちである


 例えば、『橋向こうの家』の中のワンフレーズ

 〈寂しかったらいつでも来てね、私と一緒ならあんたは幸せ〉

 という、まさに包み込んでくれるような優しさ、そんな優しさに母にも似た
「男にとって理想の女性」という思いさえ抱くのではないのか。自分の周囲
女性を見ていつも感じることは、「女ってこんなのでいいのか」という素朴
な疑問である。そのような素朴な疑問を持つ男にとってハコの歌はまさしく
、「こうあって欲しい女」を具現化したものなのである。

 そう考えると、そこにまた一つの疑問が湧いてくる。そのような女の理想
像を歌っているハコは、その現実の体験をもとに歌を作って歌っているの
か、という疑問だ。そのためにはまずハコのプロフィールを知らねばならな
い。

 山崎ハコ、本名は山崎初子、1957年、昭和32年5月18日、大分県日田市
生まれ、日田市立三隈中学を卒業し、両親の住む横浜市へ、ときに1973年
、昭和48年4月、横浜市の高校に入学した。

 「私が日田にいる頃は、両親は横浜に行ってしまったけど、日田は親戚
もオクテ、またお婆ちゃんもいたし、だから中学を出るまでは日田にいて
卒業して迎えに来てもらいました」

 その両親も今は仕事の関係で長野に行ってしまっている。ハコは横浜の
アパートに一人住んでいる。昭和48年6月〈テクニクス・フォーク・グランプリ
〉に出場し、「影が見えない」を歌って特別賞を獲得した。そこで現在のマネ
ージャーである星野さんと知り合った。彼の主宰していたアマチュアを集め
てのラブ・ミュージックに遊びに行くようになった。しかしその頃ハコはギタ
ーも持っておらず、ギターを借りにく時以外はほとんど顔を出さなかった。
星野さんは誘ったがハコは「私は組織、集団には向いていないし嫌いです
。なぜなら多くの人と一緒にやっていると、歌だけではなくなるでしょ。変に
遊びになったりしたり。私はとにかく歌を歌いたいだけなんです。そのため
には一人でいないと」

 ★飛行機の中で作った「綱渡り」

 昭和48年の暮れ、星野さん主催による〈ステージ・オフ〉というコンサート
に出演し、徐々に星野さんと付き合うようになっていった。「この人は信頼
できる」とハコも思うようになった。そこから心を開いていった。

それとともに、当時、横浜の官庁街にあった事務所によく顔を出し始め、
日曜日や夏休みなど、そこで朝の9時から夜10時まで練習をするようにな
った。

 「はじめはあんまり声も出なかったんですが、みるみるうちに大きな声が
出るようになて私もびっくりしました」

 と星野さん、

 ハコも

 「とにかく一人で歌いたくて歌いたくて仕方なかった」

 と述懐している。

 昭和49年6月〈ジョイナス・ニュー・フォーク・コンペティション〉というコンテ
ストに出場し、10月の決勝で見事グランプリを獲得した。

 このコンテストも星野さんの主催だったので、「自分の事務所のものがグ
ランプリを取るのはまずい」ということと、ハコ自身から決勝は降りるという
申し出もあった。だが「それでは単にどんぐりの背比べになるあけ」という
審査員の強い要望もあって決勝に出場、満点でグランプリに輝いた。

 昭和50年1月〈ステージ・オブ・番外編コンサート」に出場、これは「静かに
歌いたいだけ」といってプロになることを拒否したハコを星野さんが引っ張り
出すために行ったコンサートである。いやがるハコを口説いて「地のままで歌
わせてくれるなら」というハコの条件を尊重して5月にエレックレコードと契約
となった。7月にレコーディング。

 そして10月1日「飛びます」でデビューを飾った。つぎは「綱渡り」というタイ
トルで出る予定。

 横浜にでてからわずか3年余り。音楽をやり始めたのが中学三年からと
いうからオクテである。デビューまでも3年ほど。その3年間で彼女の歌に
歌われているようなことを全て自身で経験は無理であろう。女の子の場合
、酒タバコ、男の経験はと詮索してみたくなるものだがハコに限ってはそれ
は無意味であろう。なぜならハコのお歌はそれがたとえイメージの世界で
あっても、そこには現実以上の現実味があるからである。

 こんなエピソードもある。

 移動の飛行機の中でハミングしていたら、それが5分にも及ぶ「綱渡り」
という曲に仕上がった、というのである。

 「私は作ろうとしても曲は作れない。鼻歌か何かで自然に出てき手、気
がつけば歌になっていたというわけです」

 「何かをいいたいとか伝えたいで歌を作るんじゃないです。心に感じたも
のを歌にしているだけです」

 という。

 現実のハコは満員電車に乗ったことがない。なくても「満員電車に揺ら
れてどこへいく}というフレーズは、それがイメージであってもリアリティに
富んでいる。ハコが人生を鋭く見つめて、そういう大きなもので包み込む
ことができるから歌に迫力があるわけだろう。

 その意味でハコの歌に説明などいらない。

 


 


 

 

 

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