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zoom RSS 吹き荒れる反立憲主義は世界の中の超例外

<<   作成日時 : 2017/04/07 11:45   >>

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  反立憲主義が日本会議、安倍政権、自民党保守派の中で吹き荒れ
ているのは周知のとおり。では立憲主義とは何かといえば、これも学者
が多々論じているので、今さらどうこういうこともないが、「憲法とは国の
人民への過剰な権力の行使を防ぎ、人民の権利、人権を守るために
存在する」というのもわかりやすい説明である。すなわち「国民を守る
ための憲法」というわけである。だが、日本会議や自民党保守派に言わ
せると「国民の人権を守るための憲法」は「日本に合わない」、・・・・・・
近代天皇制の家族的国家観による国の徹底した権力の行使、人民の
権利の制限に喜んで服従することこそ、「美しい日本」だというのである。
安倍第二期政権の法務大臣だった自民党議員が右翼サークルで「基本
的人権、国民主権、平和主義がある限り日本の憲法ではない」と放言し
ているのを見ても、現在の日本会議、自民党の反立憲主義という世界
に稀に見る潮流は極端すぎる。

 戦前は学校で何かといえば教師が、「日本の憲法は欽定憲法といって
上から与えてくれた有り難いもの、西洋みたいに民衆が血を流して作った
憲法ではない。血を流さずに済んだ日本の臣民は幸福だ」みたいなことを
繰り返し言い続けていた。端的に言えば、日本会議、自民党保守派の言
いいたことは戦前の学校現場で生徒に叩き込まれた内容と同じである。
ことは至って単純である。近代天皇制のイエ段階の祖先崇拝とクニ段階
の天皇の懐に抱かれる赤子としての臣民という家族的国家構造の、国
に絶対服従の日本こそ「本来の日本」であり、「美しい日本」だというので
る。それで実際、戦前、どのような社会だったか、考えてみればすぐ答が
出るはずである。

 立憲主義とは、また言い換えるとこの世で近代国家ほど莫大な力を持
つ存在はない。だから国家権力に勝手気ままなことはさせない、というこ
とである。

 明治初期においてすら、植木枝盛だけでなく、たとえば仙台藩の元下
級藩士だった千葉卓三郎という人、仙台藩は賊軍として離散する運命で
あった。ギリシャ正教方儒学思想、さらにカトリック、プロテスタントという
思想遍歴をした方である。その千葉卓三郎が小学校の臨時教員、から
補助教員となり、その中で作った私擬憲法、

 『凡そ日本国に在居する人民は内外国人を論ぜす其身体名誉財産
を保固す』

 という条文がある。仙台藩の下級藩士で小学校の補助教員であった
人ですら、このような立憲主義の思想があったのである。

 多くの私擬憲法はまさに立憲主義に恥じない内容を誇っていた。だが
1889年、明治22年できあがった大日本帝国憲法はまことに異様なもの
となった。歴史的事実であり得ない露骨な政治神話の内容を国家原理と
して、それが今に至る国家神道原理主義のもととなったのである。荒唐
無稽であるほど単純な思考パターンが形成されて狂信化しやすいので
ある。

 だがこの大日本帝国憲法発布後で絵さえ、伊藤博文は

 『憲法を創設するの精神は第一、君憲の制限、第二臣民の権利の
保護にある』

 と言明しているのである。帝国憲法の内容があれで、・・・・・・・である。
臣民の権利、ー人権を認めていない帝国憲法を前にしての立憲主義
の精神は明確に存在していたのである。

 ところが21世紀にもなっての民間右翼団体の日本会議、ほとんどが
その会員である自民党国家議員のいうことは単に「日本国憲法は権利
に厚すぎて義務に軽い」どころでなく、「基本的人権、国民主権、平和主
義がある以上は日本の憲法ではない」安倍第二次政権法務大臣だった
代議士の言ったことであり。基本的には日本会議の考えそのものである
が、行き着くとこまで行きつてい現在の日本のバックラッシュの暴走であ
る。

 国の権利抑圧の絶対権力に身を黙ってゆだねることが、「日本本来の
伝統」、「日本にあっている」と言い続けているのである。特高の最初は
共産党摘発から自由主義者まで摘発逮捕、遂にはありとあらゆる宗教
団体の逮捕拷問、この中には国家神道に最もすり寄り、教育勅語までも
教典としていた「ひとのみち」教団も含まれている。もう片っ端から逮捕、
拷問の嵐で、・・・・・・こんな強権に身を委ねることが「美しい日本」だと
言いたいらしいのである、日本会議などは。

 かって戦前、バートランド・ラッセル卿が「王権神授説の類は現在の
世界では克服されて死滅したかに見えるが唯一、東アジアの日本に
おいて生き延びている」と述べている。これは戦前のコメントである。
21世紀になって、反立憲主義に燃えたぎるのだから、ちょっと頭を冷
やすべきだろうが、付ける薬があるのかないのか。

画像


 王権神授説の復活、国の絶対権力に喜んで服従の「美しい憲法」を
この手で作ろう、・・・・・・確かにあまりに異常で奇妙な考えで世界に絶
無であろう。

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