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zoom RSS 「和菓子屋」はよくて「パン屋」はダメの底流に意外に深い原因

<<   作成日時 : 2017/04/05 19:07   >>

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新たな教科である「道徳」の教科書検定で「郷土、愛」が「パン屋」では
不足、足らない、という「意見」で「和菓子屋」の変更したら難なく通った、
という事案が話題を呼んでいる。いかにも日本もお役所、保守化の総本
山といえる文部科学省であるから、歴史的には明治維新以降の国家神
道の広宣教科の最大の場所が学校であり、その推進役が文部省であっ
たことを思えば、何から何まで桎梏の保守主義の伏魔殿文部省、文科省
というのは現在も何も変わることはなく、まして戦前回帰の嵐の吹き荒れ
る21世紀の日本ではなおさら、とは納得はできるのだが。

 「パン屋」と「和菓子屋」だけでなく「アスレチック公園で遊ぶ子どもたち」
の写真が〈だいすき、わらしの町〉という文脈で「和楽器」の写真に差し替
得て通過できたというから、検定官といっていたって若造なのだが、なんと
もアホらしい字面に囚われている姿は牢固たるお役所の観念性を教えて
笑えるが笑って済まされない部分がある。「和楽器」の大生産地というの
でなkれば、「だいすき、わが町」で「和楽器」など出てくる道理はないだろ
う。そこで運動して楽しく遊ぶ公園のほうが何万倍も「だいすき、わが町」と
いう趣旨に合致するが、単に保守性では説明できにくい、奇妙な無知によ
る偏見が検定官を蝕んでいると思わせる。愚かなる偏見である。

「パン屋」は多くて多くの人が日常出入りして町の日常だが、「和菓子屋
」は遥かに少なく、町の光景と云うに値しない。

 『★その朝日新聞記事

 初めての小学校道徳の教科書検定が終わり、8社の24点66冊が出そろった。本来、「考え、議論する」を掲げたはずなのに、文部科学省が検定過程で付けた数々の意見からは、教科書作りに積極的に関与しようとする姿勢が浮き彫りになった。高校の地理歴史や公民の教科書でも、集団的自衛権や南京大虐殺などの記述が、文科省の指摘に従って横並びになった。

 「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物とタイトルを「おじいさん」に改め、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――。

 いずれも文科省が、道徳教科書の検定で「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と指摘し、出版社が改めた例だ。

 おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。

 「ここまで細かいとは……」。各社の編集者は道徳教科書の初の検定に戸惑う。

 検定に臨んだ8社は、2015年に告示された指導要領が学年ごとに定める「節度、節制」「感謝」「国や郷土を愛する態度」など、19〜22の「内容項目」を網羅することを求められた。

 学校図書(東京)の編集者は指導要領やその解説書を読み込み、出てくる単語をリスト化。本文や挿絵、設問に漏れなく反映されているか入念に点検したが、それでも項目の一部がカバーされていないという検定意見が数カ所ついた。別の出版社の編集者は「単語が網羅されなくても、道徳の大切さは伝えられる。字面だけで判断している印象だった」と不満げだ。

 最終的に、検定では8社の計24点(66冊)の教科書に誤記や事実誤認を含めて244の意見がつき、このうち43が指導要領に合わず、「本全体を通じて内容項目が反映されていない」などの指摘だった。

 各社は指摘に沿って本文やイラストを修正したが、これまで検定の対象外だった副読本より、「横並び感」が強まった。』

 ☆「パン屋」は町の日常風景、「和菓子屋」は特殊でめったにない、
街の日常風景とはいい難い。

 国の推進の「道徳」が「わが国を愛し、郷土を愛する」という基本的
な保守的感情に支配されているのは間違いないが、そこに何とも形
容しがたい愚かなる思い込み、偏見に文科省が支配されているとい
う動かしがたい事実である。

 何が底流にあるのか、もちろん検定官は論外であるが。叡智から
最も遠い存在には違いないが。

 ★「カタカナ語追放」に協賛する朝日などのメディアも、しょせん文科省
と同じ穴の狢ではないのか


 ところで私はこの文科省によるあまりに浅薄な、たしかに単に字面
に囚われた権力の行使であることは同感だ、。その浅薄さは決して
文科省だけのものではないと思える。

 これは何も文科省だけに根付く偏狭で浅薄なものごとの認識では
ない。日本社会にひろくはびこる偏見だ。

 これは新聞などの良識あるメディア!も国に追従するキャンペーン
であるが、私は根底に「カタカナ語追放」という浅薄極まる「文明認識」
が根底にあると思えてならない。

 「フィロソフィー」を「カタカナ語」と浅薄以前の認識しか出来ない日本
人、

 だから中国の漢語的語彙以外の外来語要素の言葉はアルファベット
表記しない限り、カタカナとなる。それは日本語表記の便利さでもある
。中国語のよう西洋外来要素も全て漢字表記という愚昧な表記法に
拘泥されることがない。だが、中国、漢語以外の外来要素をカタカナで
表記するという、アルファベットの素養が低いということによる結果が、
その言葉自体の認識を、背後にある文明、、文化的要素を無視して浅
薄な理解に終止するという日本人全体の大きな弱点が存在するという
ことである。

 戦時中の「マッチ」を「燐寸」と言い換えろ、野球の「アウト」は「駄目」
、ここにおいては漢語も全く外来要素であるという意識の欠落と、漢字
が全く日本語の別系統のお引上不一致な、不適な文字という認識が
未だにもち得ず、日本語のより適切な表記法への移行という努力どこ
ろか、アルファベット外国語をひたすら同音異義の洪水の漢語に置き
換えているという無知蒙昧ぶりである。

 ★なぜ日本右翼、保守層は純然たる中国要素である漢字をあれほ
ど「国字」であるといって擁護、愛国主義の対象とするのに西洋を中心
とする日本語でカタカナ表記である西洋の単語、言葉を排斥の対象と
するのか?

 それは表記法自体を攻撃しているのか、海外の中国由来でない概
念を攻撃しているのか、である。「デリケート」は決して「繊細」という
漢語では表現できない,「フィーリング」は「感覚」という漢語でも表現
できない。デリケートはデリケートであり、フィーリングはフィーリングで
ある。

 ★なぜ日本純正の文字である(存在はしなくても)「神代文字」を主張
して漢字を排斥、追放しようという保守論者、右翼論者がいないのか。

 これは文科省の「パン屋はダメで和菓子屋ならいい、運動公園はダ
メで和楽器ならいい」という文科省の愚昧さと実は根底でリンクしてい
ると考えられる。

 中国的要素への偏愛、これは無意識的でも実は日本の中国を悪む
保守派、右翼を支配している精神構造である。


 これは大変皮肉な話である。だがアスレチック公園(運動公園)は「だ
いすき、わたしの町」には不適で「和楽器」なら適当という狂った認識の
根底に時代錯誤な無意識的な中国要素の偏愛、という精神があると考
えるべきである。

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