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zoom RSS 三遊亭圓歌師匠、吃音の苦渋をテーマとした稀代の落語

<<   作成日時 : 2017/04/24 22:48   >>

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三遊亭圓歌師匠、ずっと前は三遊亭歌奴だったけど、が亡くなられた。もう
88歳でしたか、・・・・・私が高齢者入りを目の前というのだからそれも当然か
もしれません。・・・・・圓歌師匠の落語、最大の特徴は「吃音」をテーマに、し
かも堂々と取り上げていることです。何よりも有名な「カール・ブッセの山のあ
なたの空遠く」を授業中に読まされて、の考えてみれば悲惨な話。吃音に苦し
み、人生の進路に大きな影響を受けたような人は普通、吃音と悟られたくない、
日常会話で吃音の話題が出るのをなによりも恐れる、・・・・・・芥川龍之介の「
鼻」のように「禅智内供は会話に『鼻』という言葉が出るのを何より怖れた」と
云うのと同じ意味で、・・・・・隠蔽の心理が働く、それに自縄自縛されるのが
吃音で苦しんだものの常である。

 もちろん落語界から目を転じれば講談の田辺一鶴師匠が子供時代からの
重度の吃音に悩み抜いた話は有名で、講談師となってからもそのくせが到底
、抜けきれずに発話しにくいのを扇子で叩いてはずみで発話しようとする苦悶
が顕著だった。だが圓歌師匠は吃音を徹底して吃音をテーマとしたにも拘らず
、一鶴師匠とは別次元で流暢でその片鱗すら感じさせなかった。

 だから談志みたいに「圓歌師匠がどもりだったなんて嘘だ」という見当ハズレ
を言う人間も出てくる。だが圓歌師匠の落語を聞くと、真実、吃音に苦しみ、人
生高炉に致命的影響を与えられた経験を持つ者でなければ語り得ない真実
の叫びが聞こえてくるのである。

 その歌奴時代「授業中」からして「じゃ、次のもの、よんでみろ」すると周りの
同級生が「あの、こいつは朗読は飛ばすんです。どもるんです」、「いいから
立って読んでみろ」、その生徒、唇が痙攣してななかなか言葉が出ない、やっ
と読めたと思ったら「山のあなあな・・・」、「もういい、座れ」、「はい分かりまし
た」「そこだけ吃らないんだな」

 まったくもって吃音経験者、吃音で学校生活で苦しんだ経験を持つ人間で
なければ出てこない言葉の連続である。

 さらに「中沢家の人々」、自伝落語となるとその吃音による苦渋は数知れ
ない。でもあの小川弘さんい吃音を感染されたっって、・・・・でも嘘で言う
はずはないから事実なんでしょう。学校時代の苦い思い出はかずしれず


 府立中学に学科では受かっていても面接でハネられたことが運命を、ま
ず大きく変えてしまった。岩倉鉄道学校に進み、鉄道マンへ意に反するに
しても進まざるを得なかった。

 軍隊時代の点呼、番号をいうのに苦しんだ苦渋の他県、「戦争中なので
吃るやつがいるか!」と罵倒されたり。ただ年齢的に軍隊に?多分、軍事
教練のことだと思える。

 国鉄に入って新大久保駅に、吃ってばっかりなので切符切りなら話さな
くていいだろうというので改札係に、・・・・・

 この吃音を逆手に取って思い切って落語家似、これが人生の転機となっ
た。入門したのは二代目三遊亭円歌、新潟県出身でやはり吃音の落語家
であった。二代目円歌から「何かやってみろ」といわれて中沢青年は

 「新大久保!」

 入門後の修行は峻烈でもあった。

 今思い返して圓歌師匠の落語は創作であり、自身の体験に基づく、まさ
に人情の機微に通じた、吃音大権の苦渋が見事に落語化されていて、そ
の根底には暖かい豊かな人間性があった。歯切れよく明確で吃音を全く
といっていいほど感じさせないもの、ただ内容が吃音がテーマであり続け
た。あまり古典落語などは聞いたことはないのだが。

 圓歌師匠は吃音をテーマとした稀代の人情落語家であった。もうこの
ような落語家は生まれないだろう。

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