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zoom RSS 倒錯の改憲、強権国家へ回帰、手始めの「国家緊急権」

<<   作成日時 : 2017/04/19 20:17   >>

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 日本の改憲論議の異様さは「普通の意味」での改憲でなく、戦前の
強権国家、祭政一致の国家神道国家、すなわち近代天皇制という
国家形態に戻そうとするための手段としての改憲ということである。
これは終戦後すぐの時代から一貫している政治運動であり、バックラ
ッシュの典型である。全否定されたナチス、ヒトラーに対して近代天皇
制、神社勢力は免罪されてそのまま戦後も生き残ったことが大きい。
冷戦到来でも西ドイツでは決してナチス勢力の復活はアメリカが許容
しなかったが、全く伝統に反しながら旧来の伝統を換骨奪胎した全く
新しい社会形態である近代天皇制というファシズムは「伝統」の概念
に巧妙に心理的に溶け込むことでその正統性を主張し続けた。

 それにしても「改憲」による強権国家、戦前近代天皇制国家への回帰
のために安倍晋三を「改憲」のために送り込んだ日本会議はもう必死
である。数多くの講演会を次々と開き,櫻井よしこは「憲法改正しないと
日本は大変なことになる」と「美しい日本」を咆哮している。

 日本会議や安倍晋三などがしきりに口にし、事実、その改憲のための
キャッチフレーズでもある「美しい日本」、これほど皮肉で奇妙な表現も
容易に見つからないとは思えるが、その「美しい日本」も何か迷いもな
以下のうようである。・・・・・・何が美しいのか、・・・・である。その「美し
異日本」へ回帰するためには改憲、まず「国家緊急権」、・・・・おかしく
ないだろうか。

 戦前回帰、家族主義的国家観、近代天皇制国家、国家神道祭政一致
国家、・・・・・もうお題目はなんでもいい、強権的な警察国家、これこそが
日本会議、安倍政権が求める国家像なのではないのか。

 その手始めが国家緊急権、・・・・・・天皇絶対性という近代天皇制は
長い日本の歴史、神道の伝統にも全く反している、その伝統を装った
反伝統を国家神道原理主義として狂信とした明治の思想創造が全て
なのだろうか。

 改憲をこじ開けるための「手始め」にしては改憲草案の「国家緊急権」
は対象、内容も抽象的にし、期間にも限定を設けないことで際限もない
非常事態の恒常化による強権圧制という、バックラッシュ勢力には、ま
ことに「蜜の味」となっていることは否めない。

 強権警察国家のためには花も実もある国家緊急権の憲法条文化とい
うことである。

  民主主義、主権在民、権力分立という立憲主義の基本に真っ向から
反対し、それっらを「日本に合わない」という。強権国家に家族主義的に
従属する国民の姿こそ、・・・・美しいというのだ。

 ★戦前回帰、強権国家回帰、国家神道近代天皇制国家回帰のため
の改憲、その改憲の手始めとしての国家緊急権。


 櫻井よしこは「最小公倍数」的に複数政党が賛同できる「国家緊急権」
を改憲の手始めとする、・・・・・・といって現実に、自民党、公明党、日本
維新、さらには民進党国会議員などのよる改憲決起集会、その中で謳
われた「国家緊急権」、・・・・・改憲の目指すものがもとより倒錯の極み
であり、その手始めが「国家緊急権」というのである。これほど、おかし
な話もあり得ないだろう。

 ★戦前回帰のための国家緊急権

 言うまでもなく歴史的に有名な国家緊急権はナチス独裁を誘引した
ワイマール憲法の国家緊急権(大統領緊急令)である。民主主義的、先
進的と言われたワイマール憲法がその48条の大統領緊急令で独裁、
ファシズムに転落するという瓦解をきたしてしまったのである。

 『公共の安全、秩序に重大な問題が生じる恐れがあると認められた
場合、人身の自由、言論の自由など7つに類型化される基本権の全部
、または一部を一時的に停止できる』

 これがナチスの徹底的に利用された。合法的政権についたナチスは
1933年1月、共産党が国会議事堂に放火したとして国家緊急権でヒン
デンブルク大統領に緊急令を発布させ、言論、集会、放送などの自由
をて一定抑圧の常態で共産党員、関係者を逮捕拘禁した。

 ナチスはこの後の国会議員選挙で徹底した選挙妨害を行ったが、こ
のような行為はドイツ国民に不安を与え、ナチスは過半数以下にとど
まった。だが共産党議員は拘束されて登院できない。国会をナチスの
突撃隊が取り囲む異常な状況下で、中央党がナチスに協力し、全権委
任法を強行成立させた。立法権は国会でなく、全て政府が持つというに
等しい法律であった。1933年2月28日の国家緊急権発動から3月23日
の全権委任法と一ヶ月もかからず独裁体制を確立したのである。大統
領緊急令だからナチスがやっていないというのは見当ハズレで、名義
人でなく実質誰が行ったかである。

 戦前、国家緊急権を乱発した日本も名義人(現人神だから人でなく神
だという建前)は天皇でも実質全ては政府が発したのである。

 ●大日本帝国憲法の国家緊急権

 第八条:緊急勅令  公共安全保持、災厄を避けるため緊急の必要
があり、さらに国会が閉会中の場合、法律に代わる勅令を政府が天皇
の菜で発する。

 平時においても乱発された。平時の緊急時化という現象が恒常化し
た。

 第七○条:緊急財政処分

 一四条:戒厳令  「天皇は戒厳を宣告す」

 第三一情:非常大権 戒厳を超えるものでなんでも国は出来るという
        もの。

 戦前、国家緊急権が極度に濫用された。


 ★現実に大規模災害、テロ行為については個別の法律で完膚なきまで
に細かく法制化され、対処されるようになっており、「憲法」に国家緊急権
を規定する意味は全くない(強権国家誘引の魂胆でもない限り)


 @災害対策基本法

 イ.災害が極めて激甚で異常な程度の場合、災害緊急事態の布告など
を内閣総理大臣が行う。この場合、内閣に立法権が認められるようにな
り、とにかく参議院緊急周期の請求の余裕もない場合は、緊急政令を制
定できる。それは生活必需品の配給、金銭債務支払いの延期、物価の
統制、外国からの救助受け入れ、の四項目に限って政令が制定できる。

 ただし立法権が一時的に内閣に移転とは憲法的な内容であり、その
審議において公述人からの意見を十分聞き取り、法律による明確な
委任、立法権への充分な配慮、委任事項の範囲の明確化により、この
法律は合憲とされている。

 法律の規定は具体的あるが、憲法で規定すると抽象的になる。
同じ趣旨の内容を規定しても憲法で規定すると抽象的なあまり、
国によって濫用される危険性が高い。この点からも憲法で規定す
ることは好ましくない、戦前の国家緊急権の濫用の歴史を持つ日
本ではなおさらである。

 A新型インフルエンザ対策特別措置法

 新型インフルエンザが蔓延した場合、内閣総理大臣は緊急政令を
制定できるなどの緊急権が定められている。

 ではインフル意外の新型感染症が蔓延したら、国家緊急権の制定
が必要というものがいるが、国家緊急権をあえて憲法で規定しなかっ
たという憲法の主旨から一般的な感染症についての法律で対処すべ
きである。

 現実の大規模災害で判断を市町村に与えることこそ真に臨機応変
な融通ある他しほが可能なので国家が過剰に介入すると誤った対応
となりがちである。


 これは東日本大震災でも分かることであり、国家緊急権は災害対処への
大きな障害、妨害となるのである。

 ★テロ対策として国民保護、事態対処は「武力攻撃事態等におけ
る国民保護のための措置に関する法律」、「武力攻撃事態等におけ
る我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する
法律」

 これら「テロ対策基本法」というべき法律で十分に対処規定されている。


 これらの法律も権力の集中、人権の制限という内容を持っており、そ
こには微に入り、細にわたる配慮がなされているといえる。

 ★現行法規で大規模災害、テロ対策についてのきめ細かな対処の
法律が制定されているのに、なぜ憲法に抽象的な国家緊急権を新た
に規定する必要がどこにあるのか?それを求める日本会議などの民
間右翼体、安倍政権の真の魂胆は何なのか?それこそが問題で
ある。


 ★自民党改憲草案における国家緊急権の問題点

 要は現行法規できめ細かな、憲法的な内容も含め、具体的に規定され
ている。それをなぜ憲法で国家緊急権、全く抽象的な内容の憲法の規定
をいまさら「これがないと国民を守れない」などと咆哮する日本会議の真
の意図は何なのか?まさにそこである。


 改憲しないと国民を守れない!と櫻井よしこなどが日本会議での講演
会で金切り声を上げているのだが、現行法規で「権力の集中」、「人権に
制限」まで規定してあり、その規定が具体的で詳細に渡っているというの
に、なぜ憲法で抽象的な規定を改めてしないと国民を守れない、と言い
はるのか、本音は基本的人権の制限、権力の集中という強権を憲法に
とにかく載せて強権国家へ導きたいだけではないのか?

 まず憲法草案の問題点

 @国家緊急権の対象の拡大    これこそ本音と考えられる。

 大規模災害、テロ行為、新型インフルなどに「限定」されない大規模な
デモ、争議行為も「法律の定めるところにより」、拡大するという強権国
家への抑えがたい誘惑である。

 A国家緊急事態の期間に制限がない

 海外にも国家緊急権を憲法に規定している国はあるが、例外なく、
その緊急措置の期間に制限が規定されている。しかし自民改憲草案
にはそれが一切規定されていない。

 国は緊急事態の措置の期間に一切制約を受けることがない、まさ
に平時の非常事態化が恒常化する危険性があるということで、まこ
とに「戦前回帰」というしかない。

 B権力の集中のあまりにひどさ

 緊急事態では内閣が法律と同等の効力の政令を発することが出来る
。事後的に議会の承認を得る必要がある、と言いたいが、承認が得られ
ない場合、では効力を失うかといえば、そうなっていないのである。これ
では議会の承認を得るの意味がそもそも存在せず、戦前でさえ、事後
承認を得られなければ効力を失うと規定されていたのに、とんでもない
憲法草案といえる。

 C緊急事態対象、また政令の内容に一切制限がない

 国の統治権が軍制に移管する戒厳令も可能となる。

 草案第九条には軍法会議とも言える国防審判所が規定されている。

  現行法規で大規模災害、テロ等にはほぼ完璧に対応し得る。それ
を意図的に憲法で抽象的に国家緊急権を規定し、対象や内容を不明確
とすることで国家による強権の恒常化を果たし、さらに意図的にその期
限を規定せず、いつまで緊急事態常態を継続使用が国の勝手、という
わけだから、ここのファシズムへの道程は完璧に仕上げられるわけであ
る。戦前からの日本方ファシズムのお家芸であった「平時の恒常的な
非常事態化」という悲願を国は21世紀に実現できるのである。


 日本会議、安倍政権、自民党は改憲に無我夢中だが、「各政党が最小
公倍数的に賛同できる」と日本会議がいう「国家緊急権」をちょっと考えて
もこれだけの問題続出なのである。かくも惨憺たる強権ファッショへの導
火線を「最小公倍数」で各党が賛同できる、など常軌を逸脱しているとし
かいいようがない。

 

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