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zoom RSS 銃剣道の復活に日本会議の影

<<   作成日時 : 2017/04/15 12:40   >>

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このたび文科省が学校教育の体育の武道の中の種目として『銃剣道』を
加えた、というのか文科省によれば「従来から種目には入っていたので
新たなことではない、明示しただけだ」ということらしい。だがなぜ今になっ
って銃剣道をあえて「明示」したのかといえば、それはそれなりの理由が
あるわけである。その理由こそが問題なのである。

 いうまでもなく現在の日本は明治以降の戦前回帰を目指す日本会議、
圧倒的な政権党の自民党と一体化を果たし、自民党のファッショ政党化
を実現した。そ目的理念が「伝統」という美名の明治創始の国家神道原
理主義、すなわち近代天皇制という近代ファシズムへの回帰、現代と未
来に国家神道原理主義ファシズムの「理想郷」の実現である。もちろん、
あまりに露骨で時代錯誤なバックラッシュ、反動であり、それ自体はコメ
ント以前のレベルである。だが現実にこのような歪んだ目的を持つ巨大
右翼団体が結成され、フルに活動し、政治をも政権党と一体化でもはや
思いのまま、という現実である。

 で、武道の種目としては誰も知らない形ですでに入っていた、と文科省
がいう「銃剣道」である。今になってなぜ、種目の明示、

 文科省の言い分は奮っている

 「殺害行為というなら剣道だって日本刀での殺害行為の鍛錬の武道
化で、銃剣道が今、明示されても剣道と同じこと、一向に構わない」

 でも何か逃げ口上じみている、フェンシングだって元は殺害行為の
種目化だ、・・・といいたいのだろう。だがその歴史を考えれば公教育
の体育武道の種目で銃剣道は常軌を逸しているというしかない。

 なにより銃剣道は近代戦、軍事的戦法としての銃剣突撃の種目化
である。剣道だって人を斬る行為の種目化だから銃剣道が入ってもい
い、は屁理屈である。イギリス軍がいくら銃剣突撃を重視といったところ
で、明治以降、敗戦までの日本軍ほど銃剣突撃を重視した、というより
帝国陸軍にすれば銃剣突撃は最大の戦法、武器であった。最後は、
銃剣突撃で一気に決着をつける、まさに日本帝国陸軍のお家芸であ
った。したがって、銃剣突撃は100%戦争の産物、何よりも明治以降の
日本陸軍の最大の戦法であり、銃剣突撃ななくして日本の戦争はあ
リ得なかった、と断言して何の過言でもない。

 中国兵相手ではこの銃剣突撃は無類の効果を上げたことは事実で
ある。日本兵が蛮族のように奇声を発して銃剣でしゃにむに突撃する
さまを見て恐怖にかられて中国兵は逃げてくれた、逃げたのである。
だから日中戦争は日本軍優位に運んだ、弱かった中国兵である。

 だがソ連軍、アメリカ軍は次元が違った。

 ★ソ連軍、アメリカ軍相手では全く通用しなかった銃剣突撃

 中国兵相手に無類の効果を上げた銃剣突撃だが、まずノモンハンで
のソ連軍相手の日本陸軍壊滅、ソ連軍は一新していた、火力は段違い
で機甲部隊の進撃により、日本兵の銃剣突撃などは遥かにそれ以前
のたわ言であった。

  銃剣突撃戦法への盲信が生んだ死屍累々の連続

 伝統的に日本はアメリカ軍、特にアメリカ陸軍は弱いという思い込み
があった。それを打ち破られたのは、はじめて日本陸軍とアメリカ陸軍
が本格対峙したガダルカナル、アメリカ陸軍上陸も日本陸軍の精神力
!で容易に蹴散らせると甘く見た日本軍は一木支隊をおっとり刀で投
入れる、「銃剣突撃で一気に決着」と踏んでいた。結果はアメリカ軍の
周到な十字砲火により一木支隊は屍を晒した。ここまでの惨憺たる状
況は、銃剣突撃とい非近代的な猪突猛進のなせる結果であった。玉砕
の最後の段階での「バンザイ突撃」も銃剣突撃の範疇である。

 
  
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 国家神道原理の国民生活をも精神力は銃剣突撃に象徴されていた。

 日本は国家神道原理主義のもとにおいて「日本人は他の民族と異
なる特別の精神力」を持つ民族であると徹底的に叩き込まれ、「精神
力」とは猪突猛進の突撃精神、その戦法化が銃剣突撃、すなわち銃
剣突撃に「日本人の精神が集約」されていると思い込まれていた。

 戦時下において「敵性文化」は排撃され、ジャズ、ポップスなどの音
楽は排撃の対象でそのレコードを叩きこわスす、日本人の精神で、の
ポスター、そても銃剣突撃でレコードを破壊するポスターであった。

 
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 すなわち銃剣突撃は日本人の「精神力」の象徴であり、銃剣はす
縄ち日本人の精神の象徴であった。戦争末期、国民に銃剣は配布
できないので(モノがなかった)竹槍、竹槍でアメリカへ兵を刺し殺せ
と女性まで訓練に励んだわけだが、・・・・・・。

 もちろん日本が貧乏国で十分な銃砲はとても調達できないという
事情は根本的にあったにせよ、狂気のような精神力だけで可能な
金銭的には安上がりな、銃剣突撃(竹槍でも)が日本人精神と日本
のお家の事情が見事に渾然一体となった原始的兵器であった。


  戦時下の陸軍記念日、有楽町の日劇に飾られた陸軍記念日に
朝日新聞か飾り付けたもの、手榴弾と銃剣突撃、日本陸軍の戦法
であった。

 
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 ★文科省に支配下に置く日本会議

 安倍政権の元、文科省の各種審議会の委員には日本会議の右翼
論客が送り込まれている。リベラルな人物を送り込むことはない。す
べて日本会議の息のかかった右翼論客である。日青協出身の、学者
としては二流、三流以下でもその右翼性が評価されて文科省の審議
会に入る「大学教授」も多い。

 いまなぜ、銃剣道の明示?

 もちろん日本会議の暗躍の結果であるが、深く追求しようというメディ
アは存在しない。つまらぬ文科省の言い分を載せる程度である。いつ
の時代も御用メディアばかりの日本である。

 現在、銃剣道を武道として行っている学校は全国で一校という。自衛
隊の退職者のアルバイト対策という向きもあるが、これは見当ハズレ
である。銃剣突撃が明治以降、日本陸軍、戦争で持った意味を考えれ
ば自ずと分かることである。


  

 

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