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zoom RSS 小針あき宏先生(数学・京都大学)を偲んで

<<   作成日時 : 2017/03/24 09:31   >>

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正直、同じ学ぶなら京都大学くらいで学生生活を過ごしたいもの、で
あると考える、青春が過ぎ去った人は多いものだ。官僚志向の東大より
、何か自由の気風のある京都大学、・・・それは今でも脈々と流れている
ように思える。でも、現実、私ごときは京都大学には手が届かないレベル
だった。・・・・・・・でも小針あき宏先生の時代、大学受験ラジオ講座のの
講師をされていた時代、数学セミナーにエッセイを連載をされていた時代、
大学紛争、しかも反代々木派による全共闘の時代だった。多くの大学に
燎火のように全額共闘会議が作られ、大学の封鎖などが行われた。とに
かく、現在の日本などからは考えられない、若さの爆発する(ネトウヨなど
ではない)真の意味の爆発があった時代だった、・・・・・・もうあんな時代は
来ないだろうなぁ。

 大学受験ラジオ講座の最後、受験シーズン突入の号でのコメント

「僕は就職する人のためにもと思って講義したんだ。受験なんて知らな
いよ」

 偲ぶ、というにはもう亡くなられて,1971年だからあまりに長い時間が
経っている。偲ぶのが無名の小市民の私だから、それも許されるので
はと思って書きます。

 小針先生はいち早く、全共闘への支持を打ち出した。それは現在も、な
お伝説的な詩として、なお残されている。その著書も専門書もあるが、多く
は、いたってくだけた感じのエッセイである。東京図書から出版された『数
学の七つの迷信』という表題の本、その中の「数学についてのいくつかの
迷信」というチャプターで述べられていること、・・・・・・

 @数学はむつかしくて、数学ができる人はだから頭がいい。

 A数学とは計算技術である。

 B記号は文字ではなく、数式は言葉などではない。

 C公理は絶対自明の理である。

 D数学とは答えの決まった問題を解くことである。

 E数学は頭の体操として人間に役立つ。

  F数学と政治は無関係である。

続けて「その他いくらでも、ほとんど無限個の迷信が夜にはびこって
おり、非常に多くの人たちがこれらの迷信に苦しめられ、民は暗夜に
灯火を求めてさまよい、鬼は民の生き血を啜って悦楽に耽っているこ
と、足利の幕末と少しも変わらないのに、ああ諸行無常の鐘が鳴る。
・・・・・」

 とにかく小針先生がよく口にされたという「数学ができる人は頭が
いい」という受験数学からの影響もあっての世人の思い込み、には
大きな反発を抱いておられたことは確かである。

 「幼い頃、母親から、やがて小学校、中学校で、そして社会に出ても
『数学は難しい』、『数学の出来る人は頭が良い』と、皆がそう言うから
、そうなってしまっているだけであり、・・・・『難しい、難しい』と皆が言う
から、そう思われてしまって、できたからと行って異常に得意になった
り、わからないからといっては劣等感に陥ったりする。そしてだんだん
、物事の本質を見抜くことが面倒になった大人たちは、・・・古い劣等
感を思い出し,数学にいやな顔をしたり、数学を『尊敬』したりして、数
学とは疎遠になってしまう・・・・・」

 これはまさしく小針先生の一番言いたかった、実際、言ったことであ
るが、数学の専門家からなかなか、このような言葉は聞けないことは
確かであろう。「デバグ数学」の中だったはずだけど、「数学は権威に
従わせ、自信喪失の衆愚を植え付けるために利用されているようで
す」、・・・・・ここまでの言葉も聞けない、普通は、それほど小針先生の
感受性は鋭くもナイーブであったと思う。数学という本来は自由な知
性の対象で生徒たちが脅され、ランク付けされて苦しむということへ
の小針先生の怒りがあったのである。

 主に奈良女子大での講義をまとめた「確率・統計入門」岩波書店
であるが、講義での小針先生の口吻を感じることが出来る。

 例えば「期待値」の部分では、

 「例題7 (ペテルスブルクの賭)金貨を投げて、表が出る確率が1/2
, n回目に初めて表が出た時、2のn乗円を受け取るという
賭けの期待値はいくらか?

 解答:最初に表が出る確率は1/2.、・・・・・その期待値は結局、無限
大になってしまう。

 これは何かのパラドクスに思われる。期待値が無限大なのだから
1回の賭けにいくら支払っても有利に思われる。・・・・・

 「確率・統計入門」小針あき宏著(岩波書店)の広中平祐氏の寄せた
序文

   小針先生について書かれた貴重な文章だと思います。

 「京都の街で小針君と二人で鮭を酌み交わしたのは何年かぶりの
再会の時だった。かって学生時代には数学の研究や教育に対する
夢を語りながらよく飲んだ。

 僕がColumbia大学にいた頃も、彼が研究したいと思ってるテーマ、
ベトナム戦争に対する見解、日本の学生運動について感じることなど
、彼が考えていることを手紙で知らせてくれたこともある。数年前、京都
に帰った時も、二人で酒を飲みながら、数学をすること、生活をすること
について語り合った。

 希望する大学に入ることを最大の夢としている高校生、そのために
しか数学の勉強の意味を実感できないでいる大学受験生、浪人たち
の悩み、また大学に入った学生の、まだ新しい夢も形成されぬままの
生活上の悩み、思想上の悩み、それに一人の人間として、男として、
また女として生きることにまつわる悩み、そのようなさまざまな人間的
な悩みの側面について小針君は無類の同情を感じていたようだ。彼
の一教師としての学生に対する同情と共感は、根本的には日本の現年年
実の社会に生きていくこと、いかに人間は生きるべきかという最も人
あいだ的な側面があったように思える。

 戦後、京都大学に入って、大学院で数学の研究を続ける一方で、
学生として学生運動の中で、戦後の思想的な悩みを体験した彼は
、卒業後も日本の大学だけにとどまった。移り変わる若い世代の学
生運動の怒涛の中で、一人の教師として、どちらかといえば下積み
の造反的な一教師として生きてきたように思われる。

 彼が教師の立場で直面した学生運動は抽象的な理想主義でもな
ければ、青春の詩的な謳歌でもなかった。近年の学生運動に直面
する教師に必要なものは、繊細な感受性ではなく、缶詰めにあって
も、へこたれない強靭な体力であり、悩む学生への共感共鳴よりは
、むすり動揺しないしぶとさ、粘り強さではなかったであろうか。

 ある場合には、毅然たる独善的な態度、あるいは学生の心情的な
ものに対しては距離をもて超然とした態度に徹することこそ、実はあ
の時代、一人の大学教師の生き延びる方便であったのかもしれない。
小針君にはそれが出来なかった。彼はあまりに感受性が鋭くナイー
ブであった。割り切って教師然として生きることが出来ないほど人間
的すぎた。結果は板挟みの孤独であり、現実には肉体的、精神的な
面での極度の消耗であった。

 昨年(1971年)秋、京都の街で二人で飲んだ。彼がサケに非常に弱
くなっていることに気がついた。それは明らかに彼の肉体的な衰弱
が原因と思えた。四条河原の町の角で乞食をみて、『あのような乞
食の持つ自由さがうらやましいな』と小針君はつぶやいた。京都駅
にたどり着くと、崩れるように座り込んだ。ちょっとの量で彼がこれほ
ど酒に弱くなったのか、と思いながら、『じゃ、おれも一緒に乞食にな
ろうじゃないか』と云って彼の横に座り込んだ。

 通り過ぎるお婆さんが何か不思議そうに覗き込むをを見返しなが
ら、しばらく二人連れの乞食の一人になったつもりで、僕は僕なりに
感じていた。小針君はポツリと『君は案外、優しいところがあるんだ
な』といった時、そのような見方をする彼の心を察して何か、哀れさ
を感じた。

 その翌日、小針君の家を訪ねた。彼と一緒にクラシック音楽を聴
き、小学生のお嬢さんが弾くピアノのおさらいを賞で、夕食を楽しん
だ。『いつか二人の共著で本を書かないか、数学書でも、小説でも
いい。きっと面白いものができるよ』などと盃を交わした。本当に、
いい奥さんと二人の可愛いお子さんのおられる楽しそうな家庭の
中の小針君を見て、僕は本当に嬉しくなるのを感じた。

 『不測の事故が小針君に起きた.重体だ』との友人からの電話
を受け取った(註・階段を踏み外して転落して頭部を強打)、彼の
家を辞して、新幹線に乗り、茅ヶ崎の家族の家に落ち着いて間も
ない時だった。すぐ京都に引き返した。それから数日の昏睡状態
、脱しきれないまま小針君は息を引き取った。

 (数学ができる人間は頭がいい)などという、日本の学校教育や
受験界で当然のように思い込まれている現状を小針君は何よりも
憎んだ。数学とは面白く学べるものだ、と彼は信じていた。そのた
めの方法を探って彼はいつもあがいていた。数学の専門書という
ものはその方面の専門家でもなければ先ず読めないに近い読み
づらいものである。数学者でも自分の専門外の数学の分野となる
と、その論文は容易に読めるものではない。他人の論文を一頁、
一頁読んでいくよりは、そこにあるアイデアを教えてもらって、自分
で書き直すことのほうが遥かに優しいと我々数学者はしばしば経
験することである。

 小説のように楽しく読めて、いつの間にか言葉と文字を覚えてい
くような、そのような数学書が持って多くあってもいいのではないか、
このようなことを小針君は常に志向していたのではないだろうか」

 
 小針あき宏先生が亡くなられてもう今年で46年目である。もう今
。小針先生のことを語る人もおられないかもしれないが、そのナイ
ーブすぎる感受性と人への気配り、思いやりの心に満ちていた、そ
の人柄を懐かしむことは意義があると思います。
  

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