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zoom RSS 『山芋』大関松三郎の詩、「合作」でなぜ悪い?

<<   作成日時 : 2017/03/19 12:06   >>

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我々の世代、小学校の国語の教科書には大関松三郎の方言まる
出しの、少年詩人の農民詩というべき作品が載っていた。もちろん、
それは代表作の「山芋」で「つぁつぁ」という言葉が印象に残っている。
また小学校には時々、というか定期的に「巡回映画」というものが来て
いて講堂でみなで観たものだ。概してモノクロのあまり面白くないという
か、地味なものが多かったが、その中に多分、大関松三郎の小学校で
の生活を描いたものだったと思う。最後は戦争で命を落とした松三郎を
暗示するように農村を出征の兵士が行進するような、寂しい場面だった
が、・・・・で終わっていた。

 戦後の教育の民主化の風潮の下、明星学園校長ともなった新潟の農
村で松三郎の詩作を指導した寒川道夫の存在感は大きかった、・・・・・


 で今になって、あの少年詩人は誰だったか、・・・名前は、・・多分東北
だから東北、少年詩人で検索すれば名前が出てくるかと思って試したが
容易にでてこない.もちろん松三郎は新潟の農村だから東北ではない。
でも北国に変わりはない。・・・・・なんとか検索して大関松三郎「山芋」が
出てきた。そこで寒川による「解説と指導記録」を購入して読んでいる、い
るけれど寒川の死後、一気に「山芋の虚構」という類の批判的な本が何
冊も出ている。これらをまだ入手していないのでなんとも評価できないが、
わたしは反民主教育的な立場に立つ者による暴露本のようにおもえる。
また後日、読んで評価したい。

ともかく再会はできた。農民少年詩人という風情だ。

 この「解説と指導記録」最初は1951年の出版、1964年に新板が出た。
そこには多くの詩人、識者らの評が掲載されている。その時すでに「合
作」いう批判があったことが分かる。

 ★『合作』ということ       国分一太郎(教育評論家)

 『「山芋」の詩について、松三郎と寒川道夫との「合作」だという説がある
。悪い意味でも言われるし、いい意味でも言われる。

 悪い意味で言われる方は問題にならない。これは松三郎の詩のすばら
しさにびっくりして、へんな疑いを差し挟むものたちの俗説だからだ。
 
 よい意味で言われる方はよく吟味する必要がある。「合作」とは結局、
寒川道夫の生活と文化に根ざした教育が成功していることだ、となる、と
私は思う。

 「山芋」の詩を読んで感じることは、寒川道夫が、松三郎という子供に
よくもここまで値打ちのある感動の仕方を教えることができたものだ、とい
うことだ。

 では寒川道夫はどうやって、このような詩的感動をの仕方を松三郎に
養うことができたのか?その感動を択ばれた言葉に托してうたいあげる
ことができたのか、である。

 全般的な生活教育の行き届いた実践こそが、松三郎の目を心を、表現
力をここまでのばしたのだ、と私は思う。現実の生活を生き生きと掴みと
らせることは、もちろんいいのだが、寒川の教室にはあの頃の農村の教
室では極めて稀なほど文化の匂いが漂っていたことを私は思い出す。

 これは寒川道夫が生活を大切にするとともに、文化を愛していたことの
当然の現れであった。だから松三郎の目にも、ふしくれだった山芋のよう
に、素朴で健康な感性の蓄えが育つとともに、澄んだ知性の輝きが備わ
っている。「山芋」の詩が今でも大人の詩人の心をもうつのは、この知性
から来る真っ直ぐな批判によるものだと思う。

それゆえ、自然や社会の事物から学ばせることと、文化から学ばせるこ
とを、ともにやった寒川道夫の全般的教育の勝利の一つがこの「山芋」だ
すれば、一人の教師と一人の子供の「合作」といわれることは、むしろ誇
るべきことではないかと私は考える。』

 まだ「虚構だ」という本を読んでいないが、わたしはこの国分氏の考え
に尽きていると思う。治安維持法違反で検挙され、教職を追われ、山芋
を含み生活詩集も警察に没収された、という戦時下のファシズムを間違
っても擁護してはならないと思う。寒川の教育方法自体が虚偽だ、とい
うのも成り立つ道理はない。

 

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