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zoom RSS 日本にファシズムが復活し、ドイツに復活しない理由

<<   作成日時 : 2017/03/15 12:14   >>

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  よく日本において占領軍による改革、戦前の軍国主義ファシズム
の排除が東西対立の先鋭化、日本を反共国家として育てるというア
メリカの意向で途中で早々と放棄され、追放処分にされていた者たち
への追放大量解除が行われ、敗戦間もなくすでに現在の右翼運動の
骨格が出来上がっていた、というのは紛れもない事実である。明治の
国家神道、近代天皇制ファシズムへの回帰を鮮明にした神社本庁が
発足したのは敗戦の翌年、1946年である。「天照大神の子孫で現人
神である天皇による戦争であったから、それは絶対的に正しく聖戦で
あった。これ以外の歴史観は断固拒絶する」この考えがすでに敗戦の
翌年に神社本庁により、示されている。この瞬間から神社本庁、その
後の神道政治連盟を中心とする戦後の反日本國憲法の右翼運動の
方向性は定まっていた。

   (1940年、日独伊三国同盟、それまでの防共協定が強化された。
日本代表の松岡洋右、ヒトラー、・・・・・・。ナチスと一心同体の同盟関
係を結び、敗戦まで維持したのは日本だけである。イタリアは脱退して
ドイツに宣戦布告した)

  
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 明治に創作された最大の宮中祭祀、祝祭日の「紀元節」復活運動
こそがまず神社本庁の政治的目的となった。神社本庁が、現実的に
は明治政府の全く創作、実は捏造の「紀元節」復活、国家神道の国
民教化のための最重要の行事を祝祭日として戦後復活させようとい
うのは、それが可能になったのも占領軍の日本改革の途中放棄によ
ることは確かである。ここで日本の右翼勢力はて徹底した親米路線で
外交的に逆コース、バックラッシュを担保するという非常に狡猾な方法
論を身に着け、今に至るもそれをさらに熱心に実行している。何かと
いえば「伝統」という言葉を振り回してバックラッシュを正当化する神社
勢力も、対米関係では国賊の如き欺瞞を行い続けている。

 ★日本会議の原型は戦後間もなく出来上がっていた。

 菅野完氏の「日本会議の研究」を拝読すると、お若いのに本当によく
勉強されている、とは感じるが欠けているのは神社本庁、神社勢力
への考察である。端的に言えば戦後の右翼運動の主張は神社本庁と
完全にイコールである。

 菅野完氏は生長の家の右翼学生団体であった日青協を偏重して
記述している。

 今日の日本会議の右翼ネットワークを駆使するという手法の原型が
早くも「紀元節復活運動」が「全国八十八団体」の結集ということに見
られるように、すでに出来上がっていたということである。

 『神社本庁教学研究紀要』1996年によると

 「昭和30年、1955年、10月には神社本庁に事務局を置く『紀元節奉
祝国民大会運営委員会』が結成されることになる。國學院大學、日本
遺族会、不二歌道会、神社新報社、神社本庁など実に88の団体によ
って構成される、混成部隊とよんで良いいような集まりであった。事実、
それぞれの加盟団体を見ると、いわゆる民族派あり、神社関係あり、新
宗教あり、婦人・少年団体あり、一般企業あり・・・・といった具合で、唯
一共通した結束点が『紀元節』の復活であった」

  日青協はいかに運営に秀でて市民運動などのノウハウがあろうと
日本会議の本質は神社本庁、神社勢力であることにいささかの変わ
りはない。明治からの近代天皇制、国家神道の中心にあった非宗教!
として何ら特段、特定の教理がなく、国家の意向をそのまま教理で受
けいれるという無内容差の融通無碍で全国の神社を統括する神社本庁
こそが、戦後の右翼運動の常に中心にあリ続けたわけである。それは
そのまま日本会議となっている。

 ドイツとて反共国家として規定され、東西対立の最も尖鋭な中心にい
た国家だがナチの残党追求、ナチの戦争犯罪がそれによって中止され
ることなどなかった。

 なぜドイツには戦前のファシズムが政治レベルでは根絶された、根絶
される努力がなされ続けたが、日本は明治からのファシズム排除、戦争
犯罪追求は早々に頓挫した。逆に戦前のファシズムの面々がそのまま
親米路線を取り続け、まさにアメリカと自民党の二人三脚が続いた。

 ★21世紀にもなってなぜ戦前ファシズムが日本に復活したのか、逆に
ドイツは民間にはネオナチ勢力はあっても政治権力の点では政党はファ
シズムの傾向を持たず、戦前のファシズムは復活の可能性はない、・・・・

 多々理由はあるが、ドイツにハワイ〜マール共和国時代、それ以前か
らの社会民主党という正統が常に戦後も政権を持つことが多く、またキリ
スト教民主同盟もナチ流ファッショ復活には断固たる態度を取り続けた。

 逆に日本は戦後、保守合同以来、戦前のファッショ体制に責任のある
戦犯の側面を持つ人物が自民党内に少なからず存在し、A級戦犯容疑
で巣鴨プリズンに収監『最終的には起訴されず』されていた岸信介が首
相ノザにつき、旧憲法復活を唱えると同時にアメリカのエージェントともな
って日本反動とアメリカの結合という戦後レジームの最重要な原型を作っ
たこと。いわば日本の戦前回帰、ファシズム回帰はアメリカの担保を得て
いたことが挙げられる。

 ●だが最大の原因は戦前の日本ファシズムが近代天皇制という国家
神道、すなわち神社神道と皇室神道をベースとしてそれを換骨奪胎し、
極度のディフォルメを行うことで新たに待全く伝統的には存在しなかった
祭祀、祝祭日、国家神道国家主義の多くのアイテムを創作し、それら
を近代教育制度、官僚制度でてってして国民教化、思想統制を行ったこ
と、・・・

 すなわち明治以降の日本のファシズムは神社、天皇、皇室神道という
古代的伝統をベースとしていたこと。したがってそれらの存在を占領軍と
いえども全否定できる可能性がなかったこと。

 神社は戦前のファシズムでは完全に国家権力と一体化し、さらに江戸
じだいまで形式的存在でしかなかった天皇を近代国家において甚だしい
ディフォルメを行い、記紀を国家原理とする古代への回帰を旗印に現実は
近代ファシズムに帰着した。

 古代的存在をファシズムのベースに利用した以上、戦後になって一片
の国家神道廃止令ではどうしようない、厳然たる神社、天皇、皇室がそ
のまま存続したこと。

 戦後の実は「天皇制」は基本的には変わっていなかったこと。憲法に
おいても第一章から規定され、象徴天皇制とはいえ、実質、国家元首と
して振る舞う実態は明治憲法下と基本は変わらない。官僚制度によって
実質、天皇制が運営される点も何も変わらない。

 天皇制を近代国家における憲法に規定された国家統治上の存在とす
るなら明治憲法も新憲法も何も変わっていない。

 戦前のファシズムの要素はそっくりそのまま戦後に生き延びた、だから
こそ敗戦の翌年、神社本庁が戦前回帰を目標として誕生し、さらに神社
本庁が右翼ネットワークを組み立てる手法で政治への影響力を行使する
という方法論は戦後間もなく完成の域に達していたこと。

戦前の日本とドイツのファシズムは周辺諸地域への侵略性、不都合と
考える思想、運動、宗教などへの容赦ない弾圧、教育段階からの徹底
した教化、極度の軍国主義、明確な反民主主義、社会的狂気を巻き起
こし、メディアへの完全な統制、圧迫、さらに御用化、右翼論客の目に
あまる跳梁、平和運動、民主勢力への罵倒中傷、全く日独は何ら変わ
らぬ近代ファシズムの典型国家であったことが明らかであり、だからこ
そ、日本の右翼勢力がナチスの思想、運動と極めて極めて親和性が高
いのである。戦争加害の否定を行う時最もいきいきするのはネオナチも
ネトウヨ、DHC、アパホテル、稲田朋美に全く共通である。だが、日本は
近代ファシズムの実現に古代要素をリソースとして用いた。「廃れるこ
とのない」古代的存在のファシズムへの徹底活用、近代ファシズムへ
の古代的存在の組み込みによって成り立った日本のファシズムだけに
、戦後も即座に復活の芽が吹き出てしまい、21世紀になってそれが、つ
いに政治支配、社会支配を成し遂げた。政治家も荒唐無稽と分かりきっ
ている古代的妄言を口にするだけで即座に現代へファシズムを導く、元
手もかからないトリガーになるのだから、逆にいえば魂胆があるならこの
手法はやめられないわけである。

あの人類史上最悪の残虐、野蛮な行為である民族浄化、ホロコースト
(それが戦争目的とも考えられる)ナチスドイツと最後まで同盟を締結して
世界を相手に戦争したのは戦前の国家神道を近代ファシズムの挺子と
した日本である。どこにも「美しい日本」などないだろう。だが日本では
その戦前のファシズムをそのまま継承し、再興しようとする勢力がその
まま戦後に生き残った。それが21世紀に噴出しているのである。

   
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 それは野党の没落、小選挙区制のもとでの自民党の圧倒的勢力とい
う政治状況で日本会議の政策目標の実現が自民党の目標と一体化した
こと。日本人の長年、植え付けられた長いものには巻かれろ、と強大な
権力に惹かれる従属の精神はここに至って黒い光沢を放っている。古来
、不人気を極めたファシズム指導者、ファシズム政権はないのである。
愚民化された国民はファシズムに惹かれ続ける以外にないのである。

 戦後のドイツではファシズム復活の阻止はナチズム復活を阻止すれば
良かったが、日本はファシズムのベースの古代的伝統を近代的装飾を
施して徹底利用したため、だからといって神社を全廃、皇室を廃止、天皇
を完全に憲政の枠外に置くということもできなかった。ドイツのファシズム
化がヒトラーの狂った天才的な歪んだ思想にあるなら、日本のファシズム
化は、そこらに転がっている古びた祠にも存在するのである。

 さらにいえば日本の21世紀ファシズムは国民自身の保守性の亢進と外
交上の徹底した親米政策という担保を有しており、残存性が非常に高い
という点でそのある種の悪質さが際立っているとも言える。

 全ては実質戦前のファシズム要素が戦後に存続したこと、これが21世紀
にもなって日本にファシズムが復活した最大の原因である。


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