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help RSS 尾崎豊遺体写真と覚醒剤

<<   作成日時 : 2010/08/08 18:03   >>

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画像
 1992年4月25日、シンガーソングライターの尾崎豊は極めて不自然な
死に方をした。


  (写真はクレームのため削除いたしました)

 一見、殴られ、暴行にあったように見えるが実はどうだったのだろうか?
再捜査願いも集められて提出されているようだが、現実に再捜査の可能性
はない。白塗りでも施したような白い顔と右目の極端なブラックアイ。額から
また背中の写真も擦り傷を超えたような損傷がひどい。

 単なる事故死なのか?他殺説は成立しないのか?誰しも思うことだろう。
司法解剖の検死によれば死因は肺水腫、その原因はメタンフェタミン中毒
とある。

 覚醒剤というと何か特別な薬剤、毒物に思えるが広義のアンフェタミン類
の総称であり、戦前は市販もされていたし、戦意高揚、労働への闘志高揚
などで乱用された。が、しょせん、無から有は出ない。あくまで病的な幻想、
幻覚を生み、中枢神経を冒すだけのものでしかない。

 戦時中、大量製造された覚醒剤の類が戦後、大量放出され、ヒロポン中毒
患者の激増になった。

 根底には尾崎豊自身にある非行性がある。堅実な公務員家庭に生まれ
、育ち、別に特に問題なくそだったはずなのに中学生時代から喫煙で停学(
中学で停学は、公立中学で・・・、は珍しい)喫煙だけでなく喧嘩、暴力行為
の常習性があった。公立中学で停学というのはよほどのことがない限り、あり
得ない。

 青山学院高等部に入学しても、飲酒、喫煙で停学。留年、中退となった。
が間違いなく音楽の才能はあった。人を惹きつける音楽の才能があった。

 wikiによれば「覚醒剤での逮捕歴という誤解がある」とあるが公文書で
はっきり、覚醒剤により、執行猶予3年の判決を貰っている。wikiで明らかな
事実に反する記述はいただけない。「誤解」などという言葉を使うこと自体、
なにやら苦し紛れの弁解めいている。



 だいたい覚醒剤は東京の若い(若くなくても)芸能人には蔓延していて、中高
時代から喫煙、飲酒、喧嘩の彼が手を染めたというのも極めて自然と言うしか
ない。まして世間からハミダシのアウトサイダーをチャラクターにするシンガーソ
ングらいたーだ。

 1988年に同棲していた繁美さんと入籍。1991年には不倫騒動で別居。92年
にはまた繁美夫人と同居した。

 仕事はそれまでのスタッフが離れ、頓挫しかけていた。6月からの全国ツアー
の予定も心に焦りを生じさせていた・・・。こんな精神状態の中で何が・・・?

 繁美夫人は日付なしの遺書を公開し、自殺説を主張。TV朝日は他殺説を
キャンペーンした。これに抗議の繁美夫人に和解金を支払って「解決」した。

 覚醒剤は一度やると絶対に抜け出せない。ツアーへの焦りがいっそう酒乱に
追い立てた。何でも薬は酒と同時だと「効果」。「副作用」が大きくなる。公認薬で
はハルシオン(ファイザー開発、多数の後発薬あり)などビールで割って5錠も
のめば完全な気違いになる。そして何ヶ月か後遺症が続く。いわんや覚醒剤では。
(ただし、ハルシオンは異常性はきたしても多幸感は全くないに等しいのが特色だ)

 24日夜も焦りなどの精神状態不安から大量飲酒とともに覚醒剤をやった。覚醒
剤経験者が酒を飲むと、もう覚醒剤への誘惑が止まらなくなる。

 歯科でクレオソート(正露丸の主成分)という虫歯の部分に少量付ける薬品があ
る。これが想像を絶する苦さだ。覚醒剤の粉末はこれ以上の苦さ、というから注射
機で打つのも当然だろう。酒で覚醒剤を割って飲むなど絶対に不可能だ。

 その日、ディスコのトイレで尾崎は覚醒剤を静脈に注射した(皮内注射ではダメ)
このディスコは潰れてもうないが覚醒剤が入手できると芸能人では有名だった。

 このトイレの中での覚醒剤注射の後、「左利き」の覚醒剤密売もかねたディスコ
従業員とケンカになった。「この間の覚醒剤は混ぜものばかりだったぞ!」左利き
の従業員はストレートを尾崎の右目に見舞った。激しく床に背中から倒れた。

 「言葉に気をつけねえと今度は死ぬことになるぞ」と捨て台詞を吐いて従業員は
去った。
 尾崎はもうテーブルに戻らずタクシーを拾った。殴られて変色した目をブラックア
イと言うが特徴は何時間もたって極度に出てくることだ。

 タクシーには泥酔客と閉口され、交番に突き出された。その時点でブラックアイ
は極端になってはいなかった。タクシーには1時間以上も乗っていた。進路をいい
加減に言い続けるのでなかなか目的地に着かない。

 繁美夫人の住む自宅へは徒歩15分くらいの場所。ディスコでの覚醒剤は十分
ではなかった。不満が残っていた。もう明け方に近い3時。誰もいない。

 実は打つべき覚醒剤と注射器を所持していた。水道栓のある駐車場が目に入
った。「ここでやろう」過剰な量の覚醒剤が注射された。

 ここから異常な行動がさらに始まった。覚醒剤は異常な幻覚を産む。防衛庁
職員だった父親から習った空手を始めた。あるいは相手が現れた幻覚でもあっ
のか?転んでも繰り返した。

 駐車場所有者の小峰夫妻には怒声をあげ、狂乱の気持ちの悪い若い男に
驚愕した。警察を呼んだ。警官は直ぐ救急車を呼んだ。病院へ。
 宿直医は覚醒剤常習とは知らないので泥酔者とみなした。まだ若い経験の
浅い医師だった。覚せい剤使用がばれると執行猶予3年は取り消され、さらに
長期に服役しなければならない。万難を排して家に連れ帰らねばならなかった。

 覚醒剤はここではバレなかった。仕事には影響はない。が、繁美夫人が帰宅
させても注射を打ち続けた。ついには意識もなく体も動かなくなった。

 遺体写真のキズ、傷害はディスコ内での密売従業員から受けた報復的なもの
だった。ディスコを出てからのものではない。駐車場内での自演のキズはあったが。

 改めて遺体写真をみると背中の傷は擦り傷的なものばかりでリンチにあったよう
な傷ではない。顔面も、ボクシングの試合後のボクサーのひどい顔に比べれば
致命的なものではない。一回か二回、殴られたことは間違いないが、それも執拗に
なされたものとは思えない。主役は覚せい剤にまつわること、と考えるべきと思う。
「法医学写真集」の想像を絶する超無残な遺体写真を見慣れた目には「綺麗すぎる」
遺体写真だ。
暴行の限りをやられれば殴打の跡が残る。が、背中の数多くの「擦り傷」は他人
の暴行とは思えない。顔もブラックアイ以外、殴打の跡はない。
 無論、見たわけでもなく真実は神のみが知る、にしても暴行他殺遺体とは考える
のは無理がある。

  安倍譲二氏いわく「覚醒剤で幸福になった人間は一人もいない」のである。

追記。写真は「契約解除の場合もあります」とカスタマセンターから来ました。
まあ、他人の撮った写真ですので、まあ、何の変哲もないと思いますが、消えて
すみません。
googleの画像検索で1ページ目から乱舞してますよ。

 ブログの意図を曲解し、脅しをするなら「内容証明」で堂々とやってくれ。
メールなど到達したという証拠にはならないからな。

 追記:20111.4.13

最近、マリリン・モンローの死について書いた。法医学では、と言って初歩的な
 ことだけど「ブラック・アイ」というのは意外に重要なアイテムだ。

  別名、「パンダの目徴候」ともいう。これは眼瞼部の内部軟組織の構造が著しく
 特徴があるため生じる変色で頭蓋底(とうがいてい:医学では『づがいてい』とは
 言わない)骨折の有無の診断で極めて重要になる。

  眼には上下に瞼とう皮膚が覆っているが、これは人体の皮膚の中でも一番薄い。
 常に開けたり閉じたりしてまばたきの必要がある眼にとっては、これが合理的だか
 らだ。

  眼球の入っている「眼か」は眼球を動かす神経や筋肉を除くと極めて粗な脂肪組織
 だけだ。
  よって眼瞼周囲に出血があったら非常にたやす他の組織に比べて広がりやすい。
 
 ブラックアイがあるとは

 1.眼に直接打撲を受けた

 2.ひたい(額)に打撲があったが、組織の緊密な部位でなく離れた眼瞼周囲に出血
  が集まった。

 3.頭蓋骨底部(脳頭蓋底)の骨折が生じて、その内部出血が眼瞼周囲に集まった。

 遺体がうつぶせ状態ではブラックアイが出来やすい。

 尾崎は背中に引っかき傷が無数にあるが、ブラックアイを除けば他の外傷はない。
 本文の内容の証明になるかと思う。

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